『キリンヤガ』感想めも |
マイク・レズニック『キリンヤガ』(ハヤカワ文庫SF)読了。ヒューゴー賞を筆頭に15の賞を受賞したという短篇集である。ネットでも評判がよく、気になっていた一冊だった。レズニックの作品はハヤカワ文庫FTから出ていた軽快なノリのハードボイルドファンタジーの『一角獣を探せ!』しか読んでいなかったが、本短篇集を読み終えてレズニックのすごさを思い知った。伝統と進化の相克をここまでリアルに描き、読者の心を揺さぶる作家は数少ないが、レズニックはそのことに成功したといえよう。
22世紀、アフリカのケニアでは西洋文明の影響を受けて、西洋様式の文化が浸透していた。人々は古き良き時代の生活様式を放棄し、「黒いヨーロッパ人」になりつつあった。そんな中、古き良きキクユ族の伝統に回帰しようという人たちが、キクユ族のために設立されたユートピア小惑星、キリンヤガに移住したのだった。主人公のコリバはヨーロッパとアメリカの大学を卒業したインテリであったが、自らヨーロッパ様式の生活を否定し、キクユ族の伝統を守る祈祷師=ムンドゥムグとして、充分にテラフォーミングされたキリンヤガへと移住したのである。その移住の日を描いたのが「もうしぶんのない朝を、ジャッカルとともに」である。
キリンヤガに移住したコリバはムンドゥムグとしてキクユ族を統率し、伝統を守り、知識を与えるものとして古きよき時代の伝統へと導こうとする。そんな中、「悪魔の子」である逆子を殺してしまったコリバと<保全局>との間に問題が起こることになるのだが……。(「キリンヤガ」)
そしてその二年後、聡明な少女カマリは翼を折ったスズメハヤブサの幼鳥をコリバのところに持ってきた。直して欲しいと懇願する彼女の頼みを聞いたコリバは、彼女の聡明さに驚くことになる。知識に対する純粋な飢え、彼女の願いは「ただ知りたい」ことだったのだが、その聡明さと知識に対する飢えが彼女に悲劇をもたらしてしまったのだ。(「空にふれた少女」)という感じで、物語にだんだん影が帯びてくるのだ……。
久々に色々と考えさせられた短篇集でした。人々を導きかつ知識の泉である祈祷師コリバが「毒に冒されることのない古き良き伝統に乗っ取ったキクユ族の共同社会」をどうやって築こうかと懸命に努力する姿は心打たれます。彼らの神ンガイの恵みを信じ、自然とに調和し、自然とともに生きようという彼らの姿に読者は失ったものたちへの思いをはせることになるでしょう。
しかし人間には人間ならしめている一つの原動力があります。それは「知識や効率性、発展に対する態度、すなわちより便利なものを求めようとする力」があります。もともとキリンヤガがヨーロッパ人の庇護の下作られた惑星であるとすれば、純な伝統を守ろうということが非常に難しいことかよくわかります。実際歴史をひも解けば、さまざまな民族が「便利で高度なものを求める力」を求めて伝統を破棄して、吸収されていった過去を垣間見ることができます。
しかしながら一度変化の方向に向かえば、その流れは止めることができません。カマリの悲劇はその序章に過ぎなかったわけで、その後も自分の後継者として育てていた少年ンデミはやはりその聡明さからコリバの寓話が古臭くて、直接的でないことに対して不満を持ちます。真実を知ることがなぜ間違っているのか、そしてそれを隠している偉大なる祈祷師コリバがある瞬間から「まちがったもの」に変化したとき、キリンヤガはすでにキリンヤガではなくなってしまったのでしょう。さらに追い討ちをかけるように、ヨーロッパ人の宇宙船の墜落によってキリンヤガはコリバが理想としていたキリンヤガではなくなってしまう。ンガイの化身とみなされていたコリバの権威がヨーロッパ系の一女医によって破られるとき、ンガイの力は失われててしまうことになります。
エピローグの「ノドの地」は多少予想していたにしろ、非常に感慨深い結末でした。失意に溢れたコリバの最後の姿には共感すら覚えます。失われたものたちとともに神話の世界へ回帰するコリバの姿はこの本のラストを飾るのにふさわしい。すべての人たちに是非読んでもらいたい一冊であります。