『神州纐纈城』感想めも


 国枝史郎『神州纐纈城』(講談社大衆文学館)読了しました。あまりの面白さにページをめくる手が止まらず、そのまま一気に読了しました。この話自体は未完なんですが、その未完の部分が読者の想像力をかきたててくれて、余韻を味わいました。最近、吸血鬼ものを読む機会が多かったのですが、この話は広義では日本版吸血鬼ものであるといっても過言ではないでしょう。犠牲者から人血をしぼりとり、深紅の布を作り出すという妖しの城……、西洋のドラキュラものとは一味違った世界が堪能できました。

 武田信玄の寵臣土屋庄三郎は、夜桜見物の折に老人から深紅の布を購入する。この布には妖しい美しさが備わっていた。その布には庄三郎の父庄八郎の名前が浮き出てきたのだ。これも何らかの縁と思い、庄三郎は肌身はなさずこの布をもっていたのだ。ある時、この布の由来を武田信玄の軍略の師である快川長老から示唆される。宇治拾遺物語の中にある、中国の故事……纐纈城に関係する布であるという。その布は人血で染められたとされる美しい布であると。この布を手がかりに庄三郎は失踪した父と伯父を探しに富士山麓へと向かうことになる……。そこで庄三郎が出会った魑魅魍魎たちとは……?!

 というのがあらすじ。とにかく、奇妙奇天烈な伝奇小説といえましょう。読了感がなんとなくスチームパンク的だったので、ますます気に入ってしまったのでしょう。とにかく登場人物の視点が入れ替わり、立ちかわるので、その場その場での緊迫感がありました。 このことは連載小説の持ち味を最大限に利用した国枝の力量にあるかと思います。各登場人物の視点で纐纈城をとりまく世界が進行していくので、登場人物に囚われずに世界を構築することに成功したのではないかと思いました。さらに、登場人物の個性が強烈であることがこの作品に華を添えているのではないかと思います。加えて、善悪を超えた相対的な視点がユニークであるということでしょうか。いろいろな場面で作者は「善も悪も表裏一体ではないのか?」ということを伝えています。

 重い癩病にかかった纐纈城城主が○○であるということは予想がついたのですが、まさか故郷が恋しくなって纐纈城を出るとは思いませんでした。「祝福あれ!」といいながら癩病をうつしていくさまは恐ろしくもあり、神々しくもあります。人々が纐纈布を体にまとった「赤の火柱」の祝福を受ける場面は本当に壮絶です。赤というと西洋でも「死神」のイメージが付きまとうわけですが、纐纈城城主はまさに死をもたらす使いだったのです。しかしながら、甲府城下に異形の人々が群れ集う様はまるで阿鼻叫喚の地獄絵図。城主が花嫁を祝福した場面は、壮絶としかいいようがありません。このシーンと直江蔵人の人体解剖のシーンはグロテスクだけれども、神聖でした。(それは整形手術のシーンでも同じでしたが……。)そして纐纈城主がだんだんと進行する癩病で気がふれてくるところはものすごく物悲しいものがありました。

 他にも自分がブ男であったがために妻が姦通してしまい、間男と妻を殺すために殺人鬼になった陶器師の自問自答のシーンや、望みの顔をつくることのできる技術を持つ女性の神秘的な姿や、庄三郎を追って捕まえることを命じられた高坂甚三郎の狂言回し的役割とか、人を救うために人の五臓を取り出して薬にする直江蔵人の姿などなど、印象に残る キャラクターが多くて、この作品の面白さをうまく伝えることができたかどうかわかりません。読了感が、ティム・パワーズの『アヌビスの門』(ハヤカワ文庫FT)的であったなーと思った次第です。ただ、ラストで庄三郎がどうなったかが知りたかったなーと個人的に思ったのでした。

 今後未読の国枝作品を読んでいきたいと思いました。未完だからこそ、逆にこのような素晴らしい作品に仕上がったのではないかと思いました。