『後宮小説』感想めも |
酒見賢一『後宮小説』(新潮文庫)を読み終えました。第1回ファンタジーノベル大賞受賞作です。何となくぱらぱらと読んでいたのですが、知らぬ間にその世界へと誘われ、そして読み込んでしまいました。大胆な書きだしで驚かされ、そして尋常ならざる設定に読者は引き込まれること請け合いです。タイトルもそうですし、書き出しも唖然とするかと思いますが、この大胆な発想、人を喰った書き出しが我々を古代中国を思わせる世界へと誘うわけですが……。是非この想像力を駆使して、架空の王朝を作り上げ、生き生きとした女性を描いたこの作品を味わってみてください。
どんな内容か、というとちょっとためらいがありますができるかぎり直截に記してみたいと思います。「時は槐暦元年。先帝の後を継いで素乾国の帝王となった槐宗の後宮に辺境地域に生まれ育った下級民の銀河が後宮に入ることになった。物おじしないこの銀河、女大学での奇抜な講義を修めるや見事正妃の地位を射止めた。ところが折しも悪く、時は動乱の時代、反乱軍の蜂起が勃発し、銀河は後宮の女達を率いた軍隊を組織して反乱軍に立ち向かう……」
「腹上死であった、と記載されている」という文から始まるこの小説、最初は戸惑うかもしれませんが読んでいるうちに中国(たぶん唐の時代を想定?)をモデルとした東洋的帝国の状況が脳裏に浮かび、引き込まれること請け合いです。古代より後宮は権謀渦巻く場所として様々なドラマが展開されており、結構謎めいた組織であるとも思えるわけです。実際則天武后のような女傑も唐代に登場していますし、前漢時代の呂氏もその一例でありましょう。皇帝の寵愛を受けるための闘い、その利益と相互に絡んで宦官、官僚たちの権力争いにもつながってきます。『後宮小説』はそんな社会の縮図であり、そんなことも露知らず「三食昼寝つき」という生活を近所の人から聞いてやってきた主人公銀河は、そんな社会の中で好奇心溢れる純粋無垢な存在としてやってきます。ステレオタイプ化するのであれば、宮崎駿アニメの快活な女主人公という感じです。(実際アニメ化されて、評判がよかったと聞いておりますが。)
銀河は持ち前の人間観察眼、そして人懐っこさ、好奇心によって成長していきます。最初銀河が後宮に入宮するときのシーンは唖然とすると思います。それは読んでみるとわかるのですが、まさに彼女は素材となるわけです。外界から隔離され、皇帝の妻になるべく教育を施されるわけです。そして、銀河とその他3人のルームメイトたちもまた個性的で面白い。実は皇帝の姉だった玉遥樹(弟に恋慕している)と無口で冷静沈黙、違った信念を持つ江葉、そして鼻持ちならない貴族階級のセシャーミンの3人の女性たちが銀河と出会い、どう変化していくのかも魅力的です。まあ、玉遥樹自身は変わらないのですけれど。
もう一つ、賊となる(黄巣の乱を想起させる)幻影達と渾沌のコンビも面白い。 彼ら自身は行き当たりばったりで反乱を起こしたわけですが、ジョーカーともいえる(タロットでいえば愚者のイメージか?)渾沌の行動が実にゆかいです。実際彼の行動は名前の通りいきあたりばったりの渾沌であり、常に運がつきまとうような行動を選択していることになるわけですから。そしてこれほど義に熱く、熱しやすく醒めやすく、自分のことをわきまえている老獪で不思議なキャラクターは佐藤亜紀の『鏡の影』のヨハネスのお供をする少年に似ているのではないかと思います。