『リンカーンの夢』



時を超えよ!わが想い!

あらすじ

 南北戦争をテーマにした歴史作家ブルーンの調査助手である主人公のジェフ・ジョンストンはブルーンの最新小説の執筆の手伝いをしているところであったが、デューク大学時代のルームメイトでいまは睡眠研究所に勤務する旧友の精神科医リチャード・マディスンからの連絡で、彼の患者にして恋人という女性アニーに出会うことになった。彼女は実に奇妙な夢がつきまとっていた。つまり、彼女は表題とは異なり『リンカーンの夢』ではなく、名馬トラヴェラーで疾駆する南軍の名将軍リーの体験と奇妙にも一致するほか、細部にわたってあまりにも克明であったため、十分に作家ブルーンの小説執筆の資料として利用できるほどのものであった。夜毎に送られてくる謎のメッセージ、南北戦争のそれぞれのシーンが克明に彼女へと送られてくる。死に絶えたはずの歴史的人物から時空を超えて送られてくるメッセージ。その謎を解くために ジェフとアニーは南北戦争の古戦場へと赴くのであるが……。


著者コニー・ウイルス(Connie Willis)と
作品について

 1987年に書かれた作品で、1992年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストはヒロインアニーと思われる女性が目をつぶって、アメリカの広大な古戦場を思い起こしているという感じのイラストです。イラストレーターは上原徹さんです。ちなみに本書は1988年のジョン・W・キャンベル記念賞を受賞している作品です。

 最近英米SFを読み始めた人には馴染みの薄い名前かもしれないが、著者コニー・ウイルスは現代女性SF界の大スターの一人です。ル・グイン、ティブトリー以降アメリカで最も重要な女性SF作家と断言してもよいほど、優れた女性SF作家です。実際、本格的に執筆活動を開始した80年代以降はSF界の各賞を総なめし、1990年代の”アメリカSFの女王”と呼ばれるほど、名声は高い。日本語で読める著作はハードカバー、共作を含めて4冊と少なめですが、その作品の完成度は各賞を受賞している点を見ればわかるように、非常に優れた歴史SF、短篇を数多く書かれています。 著者については大森望先生の解説に準拠していることを改めて記しておきます。

 著者コニー(コンスタンス・E)・ウィリスは1945年12月、コロラド州デンヴァーに生まれた。北コロラド大学で英文学と教育学を学び、1967年に学部卒業後、1967年までコネチカットで小学校および中学校の教師を勤め、さらに1974年から81年までコロラドで非常勤の教師生活を送っている。その教師生活の傍らで作品を発表し始め、1982年の「クリアリー家からの手紙」(『我が愛しき娘たちよ』所収)でネビュラ賞を、「見張り」(『我が愛しき娘たちよ』所収)でヒューゴー/ネビュラ賞のダブルクラウンを、1982年に刊行されたシンシア・フェリスとの共作の長篇"Water Watch"で注目を集め、以後フルタイムの作家生活に入る。1988年の本書で、ジョン・W・キャンベル記念賞を受賞し、1988年の"The Last of the Winnebagos"でヒューゴー/ネビュラ賞のダブルクラウンを、1989年の「リアルト・ホテルで」でネビュラ賞を受賞している。そして本作品の後に刊行された長篇『ドゥームズディ・ブック』(早川書房)でヒューゴー/ネビュラ/ローカス賞のトリプルクラウンを受賞した。(その時同時に短篇部門の「女王様でも」で同時にトリプルクラウンを達成し、史上初の二部門同時トリプルクラウンを達成した作家になった。)他にもシンシア・フェリスとの共作で、いきいきとした少女の活躍SF『アリアドニの遁走曲』を読むことができます。

 なお、『リンカーンの夢』の解説は慶應義塾大学文学部教授の巽孝之先生で、コニー・ウィリスとのインタビューが掲載されています。この作品ができるまでのいきさつを長いですが少々引用しますと...インタビュアーの一人アンダーソンが「『リンカーンの夢』を書くときには、南北戦争からはじめたんですか、それともアニーとジェフの関係から?」に答えて、ウィリス「どっちでもないわ、あれはわあし個人が見た夢に基づいているの。じっさいわたしたちがリンゴの木を持ってて、わたしが北軍兵士の死体を踏みつけにしている夢。目が覚めてから、なんてすごい夢をみたんだろうと思って、これをいったいどう小説にすべきか考えたんだけど、そのときはいいアイディアが浮かばなかったの。閃いたのは5年ほど経って、別件で南軍将軍ロバート・E・リーのことを調べてた時。彼の農園であるアーリントンへの言及にぶちあたった時ね。いまはアーリントン国立墓地だけど、ここは南北戦争前半に北軍が占拠して、リーは手も足も出ないよう、北軍兵の死者をぎっしり埋葬したところよ。これがきっかけになって、5年前の夢をどう解決すれうばいいかがわかったの。心霊体験じゃないけど、ここで初めて視界が開けて、自分の物語をどんどん書けていけるようになったのはたしかね」その後ちょっと中略をして、夢についてウィリスは「夢そのものに関する物語はまだまだ書ける」としたうえで、本人自身が『リンカーンの夢』の中のことは全部信じている、と述べていて実に興味深いインタビューになっていると思います。


感想

 著者コニー・ウィリスの緻密な歴史考証の下で書かれたSFで、とにかく南北戦争のリー将軍の立場から南北戦争を語り、かつその夢が現代アメリカのある少女の元へメッセージとなって伝わってくる、というあたり、激動期のアメリカをモチーフとした歴史SFとして、一流だと思います。そしてその夢というのが、歴史を買える可能性のある、情念のこもった予知夢であり、北軍の指導者リンカーンと南軍のリー将軍のどちらの夢なのか?謎は読みすすめていくとわかるのですが、深まるばかりです。時空を超えたメッセージ性の高い夢を歴史上の人物から受け取る現代の一少女にすぎないアニー。そのアニーの見る夢の内部では、北軍を相手にリーの率いる南軍が戦争を続けているという並行世界的な設定、そしてその視点は前述のように実際は戦争に敗れた南軍の立場から見た南北戦争であり、これはその意味では緻密でかつみごとな歴史考証の下で、並行世界をモチーフとした、実に優れた歴史SFであると思います。特にアメリカ史が好きな人には、「おお、南軍はこんな感じだったのか」と感じたりして、歴史の楽しさ+芸の細かいSF的な設定に舌を巻くことだと思います。本書も長らく本屋で見かけなくなって残念なSF書の一冊です。(最近は、ハードカバーの『ドゥームズディ・ブック』も本屋で見かけなくなってしまい、事実上彼女の作品は日本語訳のものは買うのが困難であるといえそうです。こんなに人気作家なのに……。)


本について