『失われた大陸』 |
カバー:武部本一郎20世紀の後半に勃発した世界大戦の結果、地球は2分割され、南北アメリカ大陸を中心とするパン=アメリカ連邦が誕生したが同時にヨーロッパやアジア大陸とは絶縁し、栄光の孤立を歩むことになった。すなわち、西半球と東半球の間に人の往来が失われ、<大戦>終結後のヨーロッパの状態についてはまったくの謎であった。「東は東、西は西」のスローガンのもと、プロバガンダは徹底され、それ以後交流は失われてしまった。さらに物理的な危険のため、大海原を横切っての通商関係はまったく失われてしまった。パン=アメリカ連邦は卓越した海軍力の下、平和を享受していた−−−西経30度から175度の限られた範囲だったが……。その向こうは彼らにとっては未知の世界であり、まさに文字通り「失われた世界」だった。その世界は徹底的に歴史から抹殺され、「暗黒大陸」と化していたのだ。
その海域を越えて戻ってきた私こと、偉大なるパン=アメリカ海軍、全世界に存在する唯一の海軍の大尉であるジェファー・タークは「失われた大陸」の謎をじかに知ったのだ。今から私はそれを記そうと思う。私はおんぼろながらもSS96級の航空潜水艦コールドウォーター号を指揮する司令官だった。コールドウォーター号はその日運悪く、故障が続発し、禁じられていた海域を越えそうになった。私は部下の手助けを借りて必死に通信や移動をしたのだが、ついにはにっちもさっちもいかない状況に陥ってしまった。修理中の暇をつぶそうと三人の部下とともにボートで釣りをしていた私は信じられない裏切りに出会う。直った潜水艦が指揮官の私と3人の部下を置いたまま去ってしまったのだ!このままでは飢え死にしてしまうと判断した私は、そもそも抱いていた「失われた大陸」に対する好奇心を満たすことも同時に、生き延びる道を模索するために未知なる暗黒大陸であるヨーロッパ方面へとボートを進ませたのだ。幸い運良くグレート・ブリテン島についた我々は情報を得るべくプリマスに向かったのだが……。
1916年に書かれた作品で、1971年に創元推理SF文庫の一冊として日本語に翻訳された。イラストはヒロイック・ファンタジーとバロウズのイラストの大半を手がけた武部本一郎氏。ヴィクトリアと主人公のジェファー・タークが彼女の美しい手のひらにキスをしているシーンが描かれております。
著者エドガ・ライズ・バローズについてはこちらを参照のこと。長田さんの素晴らしいサイトがすべての情報を網羅しています。簡単に略歴だけを記すと、1875年、アメリカのシカゴで、4人兄弟の末子として生まれた。彼の小説家デビューは1911年、「火星の月の下で(Under The Moon of Mars) 」という長編を書き上げ、当時の大衆読み物雑誌〈オール・ストーリィ〉誌に採用される。現在では、書店の店頭で容易に入手できるバローズは、ハヤカワ文庫SF版『類猿人ターザン』、創元SF文庫版『時間に忘れられた国(全)』、それとファンの要望に応える形で1999年6月東京創元社が合本版『火星のプリンセス』を刊行する。この売れ行きによっては今では読めなくなった創元バローズの復刊もありうるだろう。著作については同じく長田さんのページの「バローズ全作品データ」を参照のこと。
1916年に書かれたとは思えないバローズの先見性にびっくりしました。人種描写にかなり問題がある書き方があるものの、「ロストワールド」ものとしては読者をぐいぐい引き込む魅力があります。科学的繁栄をしていたヨーロッパの国々が文明退化をおこし、未開の民になってしまうという設定のすごさに度肝を抜かれました。ウォルハイムの前書きによれば、この本はバローズの収集家の効き目の一冊になっていて、当時から見た題名の地味さ(「三十度線の彼方」)や内容の過激さを知れば知るほど、この中編が失われてしまう可能性もあったことでしょう。
たとえばイギリスやヨーロッパの白人社会が戦争と病気によって完全なる退化をおこしてしまうという点、世界の勢力がアメリカを軸とする白人社会、中国を軸とする黄色人種社会、黒人を中心とする黒人社会と三つに分かれてしまう様はすごく不気味です。さらにヨーロッパの未開化した社会における白人たちが黒人たちの奴隷として働くというのはバローズの奴隷制度に対する皮肉も交えていることでしょう。黄色人種が黒人の帝国を破って白人を解放するというのも唖然としてしまいましたが。社会設定について、バローズという人が本当にユニークな視点を持っているということを痛感しました。
社会設定の部分は過激なれど、流石<火星シリーズ>のバローズ。流暢なストーリー展開、美女とのストイックな恋、獣(ライオン・虎)との死闘、野蛮人との戦い、部下との相克、美女との相克、黒人の奴隷にされてしまう展開などなどこれでもかこれでもかと危機が襲いかかってきて、主人公のジェファーがなんとか切り抜ける様子はじつに小気味がよくて面白い。バローズ自身が軍人気質の強い人だからかもしれないが、冒険心と好奇心に満ちあふれた主人公の姿はいつ読んでも素晴らしい。ジョン・カーターとは違った意味での魅力にあふれた主人公である。古典的エンターテイメントSFの一冊として読み継がれて欲しい一冊だと思う。最近つくづく感じるのだが、でさくっと読めるエンターテイメント作品が少なくなってきているように思える。特に幼い子供たちにバローズが与えてきた夢の効用は非常に大きいと思う。ぼく自身はバローズについては長田さんのサイトをいろいろとチェックして判断した口なのだが、やはり今になって入手が難しくなるというのは非常に残念なことである。映画化も含めてバローズの再評価がもっと日本で進行することを祈ってやまない。