『霧の都』感想めも


 ホープ・マーリーズ『霧の都』(ハヤカワ文庫FT)読了しました。ハイ・ファンタジーの傑作とも名高い本書はその噂どおりの名作でした。ただ文章が濃密だったために、一気に読むのが大変でした。これは復刊されてもう一度読まれて欲しい作品です。ホープ・マーリーズの名前は一部の熱烈なファンタジーの愛好家だけにしか知られてないかと思いますが、ダンゼイニやリンゼイ、エディスンとも比肩しうる作家でした。たぶん翻訳はこれしかないと思いますが、傑作です。

 妖精の国と隣接しているドリメア国は非常に風変わりな国だった。しかしながら、何百年もの間、妖精の国との交流は断ち切られていた。ドリメア国を支配していた風変わりな貴族階級に反乱を起こした中産階級の商人たちが反乱に成功し、彼等を追放し、「法と秩序」による政治支配が行われたのだ。そのため、今や「妖精」や「魔法」という言葉は禁忌となってしまったのだった。妖精の国との交流は途絶えたかに見えたそんなある日、不思議な幻覚に侵される者や奇妙な調べを聞いて踊り出してしまう者が現れた。どうやら、禁制品とされる「魔法の果実」を食べたからだという。一体、誰がどんな目的でドリメア国に妖精の国の果実を運び込んだのだろうか?市長であるチャンティクリア判事はこの不可解なる事件解明に乗り出すが……、というのがあらすじ。

 ドリメア国の魅力的な描写に読者はうっとりすることでしょう。イメージ的には舞台はロンドン(マーリーズ自体がイギリス出身の作家)郊外。チャンティクリア判事の息子、ラナルフが奇妙な妄想病にかかったのを憂いたのをきっかけに物語がだんだんと狂乱狂騒な趣を帯びてくるんですが、その狂い方が実にいい。胡散臭いペテン医師(腕も一流)のエンデミオン・リアの行動が妖しくいいです。

 ドリメア国中に狂乱をもたらしてしまったのに、何の対策もできなかったチャンティクリア判事がやめさせられてしまうあたりから、物語がいままでとはうって変わって痛快なミステリになってきます。それまでは、だんだんと世界に揺らぎがでてきて、果たしてどうなるのか?というもどかしい気分にさせられるのですが、正義の執行人として何十年前に起こったある殺人事件の調査をきっかけに、痛快なリベンジ(笑)ものになります。このリベンジが読者にとってはとても爽快で、「ああ、やったな!」って感じにさせます。

 ある意味、本書はハイ・ファンタジーなミステリーなわけですが、ブレイロックの『ホムンクルス』や『ケルヴィン卿の機械』などのスチームパンクの先駆けとなっているように思えました。狂乱喧燥、変な人物、怪しげな医者などなど、ファンタジー設定をSFに変えればもうスチームパンクです。

 妖精という存在を匂わせながらも、まったくその妖精という要素をうまく隠しながら物語が進んでいくのは読んでいて、うまいと思いました。久々にいいファンタジーを読んだと思いました。心はまさに「霧の都」って感じです。(タイトルどおり、たぬきに化かされて、きょとんとしてしまった旅人みたいな感じともいえましょうが。)時間があれば他のハイ・ファンタジーの名作とも比較してみたいところです。