『ムーンフラッシュ』 |
カバー:米田仁士魅力的な黒い瞳を持ち、肌は影の色、そして髪はその肌の色よりもいちだんと黒々とした年齢の割には背が高い、空想家である少女、カイレオール。<屏風岩>ではじまり、<十四の滝>で終わる世界−−森に閉ざされ、中心部に流れる<河>が、生命を与えはまた奪いさり、それが永遠に続く、そんな世界に住む少女だった。そして<河世界>と呼ばれる世界で暮らしている、素朴で純粋な人たちは「<十四の滝>の向こうには何もない。なぜなら、そこが世界の終わりだからだ。」ということを信じていた。カイエオールは、そのあふれるばかりの好奇心と空想力で、「世界は本当に<河世界>だけなの?<河>はどこまで流れていくの?ムーンフラッシュって何?あたしのかあさんは夢の中にはいっていってしまったの?それとも<河世界>から出ていってしまったの?」という疑問を常に心に抱き、幼なじみのタージェに質問したり、自分で考えていた。そんな彼女の母親もまた、彼女の父、薬師のアイレクインを残して、<河>へと赴いたのだ。
カイレオールは母親の命により、コーレという生真面目な少年と婚約することになっていた。その婚約の儀式はムーンフラッシュ<月閃>に執り行われることになっていた。そんなある日、<狩人>らしくない尊大な雰囲気が漂っている男にカイエオールは出会った。その奇妙な出で立ちと、奇妙な言葉での交信は彼女の心に残ったのだ。そして、婚約の日その奇妙な男に再び出会った彼女はその男からいろいろなことを聞かされる。そして彼女はその謎を解くべく、古来の慣習に従って婚約していたにも関わらず、幼なじみのタージェと共に<河世界>を出奔してしまうのである。タージェとカイエオールの運命は如何に?
1984年に書かれた作品で、1987年に日本語に翻訳されています。本作品は後編『ムーンドリーム』とセットになった作品で、本作品は続編と合わせて読むことでさらにおもしろさが倍増します。カバーイラストは私の大好きなイラストレーターの一人、米田仁士画伯です。<河世界>を出た婚約の花輪らしき冠を頭にかぶった半裸の少女が緑豊かなジャングルから飛び出して、彼方にある<ドーム>を臨むという感じのイラストです。緑と青を基調とした美しいイラストです。
著者パトリシア・A・マキリップはアメリカの女流ファンタジー作家です。1948年、アメリカのオレゴン州セイレムに生まれ。サン・ホゼ州立大学で修士号まで修得。作者が自身について語っているところによれば、10代のころから大変な読書家で、空想世界を創造する素質があったと推測されます。14歳の時、家族と共にイギリスの古い屋敷で一夏をすごし、退屈しのぎに30ページの童話を書いたのをきっかけに、今日にいたるまで詩や戯曲などを含めて創作を続けてきた。子どもを主人公とした作品により、世間に評価されたことにより、当初はジュヴナイル(少年少女向け)作家とみなされていたが、世界幻想文学大賞受賞作『妖女サイベルの呼び声』(早川文庫FT)によって、あらゆる年齢層のファンタジー愛読者に支持される作家となった。現在マキリップの作品で日本語で読める作品は、前出『妖女サイベルの呼び声』(早川文庫FT)、<イルスの竪琴シリーズ>(全3巻、早川文庫FT)、本書『ムーンフラッシュ』とその続編の『ムーンドリーム』です。ただし現在の所、マキリップの作品で入手可能な作品は『妖女サイベルの呼び声』のみで、他は品切れもしくは絶版のようです。とりあえずは入手可能な『妖女サイベルの呼び声』を読んでみて、彼女の作品なり雰囲気を味わうのもいいかもしれません。
自分自身がこういう感覚の作品に非常に弱いので、一気に読んでしまいました。押さえきれない好奇心を満足させるために、その燃えるような意志によってついには謎解きの旅へと向かっていく、少女カイエオール。いぜん紹介したヨーレンの主人公ジェンナのような強さを持つ少女です。そしてその少女が少年と共に旅立ち、<河>の旅を通じて、いろいろな知識を獲得していく、その過程が実にうまく表現されています。上流に位置する<河世界>から旅立ち、下流の<ドーム世界>にたどり着くまでにはかなりの知識を獲得し、自分たちの「知識欲」が満たされると同時に、「純粋さ」が失われていく過程でもあります。それはまるで禁断の実を食べてしまった人類の祖が、楽園を追放される過程に似ています。その知識を得ていく過程とともにもう一つ、物理的な成長というのも挙げられます。少女カイエオールは成長し、女になり、少年タージェも男へと成長し、お互いの気持ちを確かめあうことになります。そういう意味では、<河>が表すメタファーというのは実に深いものがあるような気がします。永遠の流れ、たゆまない変化、力強い存在、などなどといろいろと<河>には意味があるように思えます。その部分では、イギリスのSF作家イアン・ワトスンが河を主題とした野心的なSF<黒き流れシリーズ>で似たようなテーマを取り上げています。どの部分が違うのか比較するのも面白いと思います。そしてもう一つ重要なファクターは「夢」の存在だと思います。『ムーンフラッシュ』の中にも象徴的な台詞「夢は形を変える。けど夢を見る者は決して変わらない。」というものがありますが、<夢>という精神的なものを媒体としたコミュニケーションがなんと可能であるという設定です。予知夢などが続編『ムーンドリーム』で大きな役割を果たすことになりますが、それについては後日。
女性作家マキリップの女性と男性の書き方についてもかなり好感が持てます。M.Z.ブラットリーらの作品に比べると男性も女性も平等に書かれていて、よかったのですが。他の女性作家の作品と比較するのも手かもしれませんね。