『新しいSF』感想めも


 ラングトン・ジョーンズ編『新しいSF』(サンリオSF文庫)読了。いわゆるニューウェーブSFの代表作を集めたとされる作品集である。読み終わった感想「これってSF?」(絶句)であった。ラングトン・ジョーンズの短編集の『レンズの眼』が時間をテーマにしたニューウェーブSFの傑作だとしたら、こちらはどちらかというと純文学であろう。登場人物の視点の切り替え、内的世界のスギスム、パラノイア的妄想、客観化された主体、フィルタリングされた世界など、まさに内的世界を追及したゆえの変身なのだろう。はっきりいってぼくの頭脳では理解できなかった短編も多いし、つまらない作品の方が多い。たとえばジョージ・マクベスの「迅速な自動車洗浄」ってなんだよ!ただの自動車の洗い方じゃないか!全体的に説明書を読んでいる気分になるんだよなぁ。大半の作品は屑といえるのだけれども、いくつかは読む価値のある作品も多い。これらの作品を新しいSFというのはなんとも気持ち悪いし、この方向性はあまり正しくないように思えた。そういう意味で、この本はニューウェーブの駄目さを認識するための本なのだろうか。ただ、SF作品として読むのではなく、純文学として読む分にはそれなりの読了感が得られるであろう。マイクル・バターワース「ポストアトミック」、バラードとマクベスの対談、ディッシュ「五点形」、ジョン・スラディック「使徒たち」、ジェイムズ・サリス「蟋蟀の眼の不安」、マイクル・ムアコック「北京交点」、D・H・トマス「適合する臓器提供者を求めて」の7短編はそれなりに読めたし、印象に残った。

 ジョン・スラディック「使徒たち」は企業内部のどたばたをごろ合わせやいろいろな挿入によって仕上げられた変な短編。メタ言語SFというやつだろうか。固定したキャラクターが何人かいるのだが、とにかく目まぐるしく進行するためにわけがわからなくなる。もちろんオチといえるオチはなくて、猥雑なパワーだけが文章から感じられるというタイプの短編であった。まあ、そういうタイプのSFとして読めば本短編は十分楽しめるといえようか。途中テストやら、変な理論やらが挿入されて、シュールな気分にさせられるのはスラディックの意図したところなのだろうか。マッドで変なパワーにあふれた短編であった。

   マイクル・バターワース「ポストアトミック」は結構好み。推測になるかもしれないが、核戦争後の都市もしくは地球のある場所での住人の姿を描いたもの。スペキュレーティヴという言葉の通り、各人の視点から物語は語られるためか、カットバックの手法の映画を見ているような気分になるものが多い。この作品も、映画のある一部分をうまく編集したものであるように思える。ある種、眼には見えないインタビュアーの立場もしくはビデオカメラで彼らの姿を描写しているという立場である。作者の姿を消すことによって、映像的な様相を醸し出した点ではディッシュもパターワースも成功したように思える。

 全体的な評価としては高い金を出して買うほどの短編集ではないということ。価値的には400円程度といったところか。ニューウェーブ好きな読者には申し訳ないが、ぼくはわけがわからないまま読み終えてしまったという感じがする。暇つぶしにはいいかも。