『ナイトサイドシティ』 |
イラスト:栗原裕孝人類が発見したこの星−−惑星エピメテウスは自転しない、人類が居住可能な惑星であるとみなされ、人々は大量の放射線が照射する”昼側”を避けて、夜側に”夜明けが訪れることのない”ナイトサイド・シティを築いた。しかし、惑星は潮汐均衡の状態ではなく、ゆるやかな自転が侵攻しており、未来にはナイトサイド・シティは居住不可能な”昼側”へと移動する運命にあった……。ネオンやスターダストの不協和音、まばゆいきらめきや、閃光の迷路、まとまりのかけらすらない、そんな街である、ナイトサイド・シティで探偵稼業をしていた主人公のタフな女探偵、カーライル・シンは恒星間リゾート社(IRC)の機嫌を損ねて、いまやナイトサイド・シティの中央部から離れた、シティの<東側>で細々と探偵稼業を続けていた。
そんな不安定な探偵稼業を続けているある日、彼女の探偵事務所に一人の若い男が仕事を依頼に彼女の下にやってきた。彼は<西はずれ>のクレーター、すでに自転の影響によって”昼側”に近い地域である場所に住んでおり、最近この土地を所有した人物が現れて、彼らから家賃を取り立てている、とのことで、この二束三文な土地を購入している新しい所有者について、調査してほしいという依頼であった。調査費用は非常にやすいものであったが、興味深い内容であったので、カーライルはその調査を引き受けることになったのである。まず手始めにその土地を買い上げている会社を調査することにして、その土地取引売買の処理をしたエピメテウス商業銀行の知り合いから土地を取引した人物について、情報を入手すべく行動を開始したのであるが……。
1989年に書かれた作品で、1993年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。表紙カバーは栗原裕孝さんで、その影絵的なリアリティのある表紙絵は、ハードボイルドな雰囲気が出ていて、SFとは思えない雰囲気になっています。
著者ローレンス・ワット=エヴァンスは1954年、マサチューセッツに生まれた。幼少の頃から恵まれた環境(父親がタフツ大学の化学部助教授であったため、家の中にはたくさんの本があり、その中にもたくさんのSF蔵書があったそうですが)におり、早いうちからSF作家になろうという、なんとまあSF者としては究極の生き方をしてきた人だそうです。事実大学は中退するは、梯子工場に、サンドヴィッチ屋、ファーストフード店、研究所のガラス器具洗浄係……などなど仕事を転々として生計を立てていたそうで、奥さんに食わせてもらいながら、創作にいそしみ、苦労の末にファンタジー長篇"The Lure of the Basilisk"がデル・レイ・ブックスに売れて、はれて作家として本格的にデビューしたという経緯を持った苦労人かつ、SF者の鏡のような人です。(笑)彼の作品は1993年の段階で、18の作品を書いており、この『ナイトサイドシティ』が日本で初めて訳された彼の長篇作品、であるといえます。彼の長篇は読まれた方には分かると思いますが、軽快なテンポな作品で、実に読みやすいという感じです。しかし、短編になると話は変わってきて、なんと1987年のヒューゴー賞短篇部門を受賞しています。その作品は「ぼくがハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ」で、この作品は『80年代SF傑作選[下]』(早川文庫SF989)で読むことができるので、興味のある人は読まれるといいと思います。ただし邦訳が少ないので、知らない人が多いと思いますが、まずは本書を読んでみてからSFマガジンなどに掲載されている彼の作品を読むといいかもしれません。
本作品はハードボイルドSFです。非SFの人も抵抗なく読める一冊で、舞台こそ違えども、十分SFを読んだことがない人でも楽しめる一冊であると思います。それは、主人公が探偵稼業を行っていて、だんだんと調べていくうちにうさんくさいことに気づきはじめ、危険あり、謎有り、脅し有りなどなど、ハードボイルド探偵ものの基準を見事にクリアしていると思います。SF的な設定も実に興味深いもので、”昼側”と”夜側”の二つに別れた惑星エピメテウスの設定をうまく用いて、人が居住できないような地域を買い上げる集団の特定化の依頼から、果てはあやしげな金持ち(どうやら名前からは日本人の末裔らしいですね。)をバトロンとして、惑星エピメテウスの自転をとめるプロジェクトのために土地を買収しているという展開になってきて、そしてさいごにはあっと驚く(半分予想できそうですが)形で終わりになっています。このラストまで読んでいくと、実に歯切れのいいハードボイルドSFだったなあ、と思う人は多いのではないか、と思います。
あと個人的には調査ツールに「コム」とよばれる端末から、個人情報や会社情報、果てには自分で改良したプログラムなどを用いて、情報をハックするといういかにもSFらしい部分です。この「コム」というシステムが実に物語をスピーディに展開するのに一役買っていて、調査のために違法に情報をハックしたりする部分などは、実にはらはらさせるシーンになっていて、その部分もなかなか読みごたえがあるのではないかと思います。それからちょっとした小道具と、興味深いアイディアがたくさん詰まっているように思えます。例えば、タクシーはかなりの部分自動化していて、その移動の間にもいくつかの小物語が入っていて、面白い。(人工知能が親会社から独立するために働くっていうのも斬新的)それから、テレビ電話装置や人の行動を監視する<スパイ・アイ>や、惑星エピメテウスを居住するのに重要な”共生体”のアイディアなど、近未来SFの要素がたくさん詰まっていて、ハードボイルドSFとしては、実に面白い作品であると思います。