『夜の翼』



遥かなる永久の夜空へ……

あらすじ

 遥か数万年後の未来の地球。テラフォーミング(地球改造)の一つとして気象改造計画の失敗で地形まで激変した地球では、異様な姿に変貌した人間たちが、かつて人間が支配をし、暴虐の限りを尽くしたある異星人種族からの侵略に備えて、職業ごとに様々なギルドを作って、中世社会を模倣して、社会を運営していた。今、夕闇迫るロウムに3人の旅人たちが、足を踏み入れようとしていた。一人は、胡蝶のように精妙な翼をはばたかせた可憐な美少女<翔人>のアヴルエラ、超感覚の増幅装置を手押し車に乗せて旅をする<監視人>の老人トーミス、そしてギルドからも見捨てられた異形の男<変形人間>ゴーモンの3人であった。彼らが古都ロウムに足を踏み入れたそのときから、物語が始まろうとしていた……。

 ロウムに入った一行は、そこで監視人トーミスは自分の責務である、「監視」を行ったのだ。もう一つ恐ろしい事実、すなわち<変形人間>ゴーモンは敵のスパイだった!と自分から告白し、どこかへと姿をくらましてしまう。そして、監視人トーミスは異変を探るべく、再び「監視」を行うのだが、なんと信じられないことに敵軍がすでに地球に接近していたのだ!こうして古都ロウムは陥落し、アヴルエラとも別れてしまい、職務から解放されたトーミスは記憶者に奉仕すべくペリへと向かう途中、なんと出会ったのは盲目にされた<皇帝>で、彼は皇帝を連れてペリへと向かったのであるが……。


著者ロバート・シルヴァーバーグ(Robert Silverberg)と
作品について

 1969年に書かれた作品で、1967年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。そして、三部構成の第一部がヒューゴー賞を受賞し、長篇としてフランスのアポロ賞と日本の星雲賞を受賞しています。

 シルヴァーバーグといえば、他にもたくさん著作があり、早川SF文庫からも『夜の翼』以外にも『いまひとたびの生』『ガラスの塔』『生と死の支配者』『時の仮面』『ヴァレンタイン卿の城』『マジプール年代記』『教皇ヴァレンタイン』が出版されていますが、現在すべて入手困難で、特に『夜の翼』と『マジプール三部作』は復刊の価値がある作品だと思うのですが……。最近創元推理文庫SFの復刊フェアで、『時間線を遡って』が復刊しましたが、現在本屋で購入できる彼のSF作品は今回、ヒューゴー賞受賞作復刊フェアでの復刊に伴い、2冊のみ、という状態です。(早川から出版されている科学エッセイ『地上から消えた動物』はまだ入手可能です。)サンリオSF文庫からもかなり彼の代表作品が出版されていたのですが、廃刊に伴い、絶版になったままで、彼の代表作は日本ではほとんど読めない状態になっています。現状としては、シルヴァーバーグを知らない人がかなりいるのではないか?と思います。(私も最近までその著作を読むまで知りませんでした。)

 著者自身は1935年にニューヨーク市に生まれた。父は公認会計士、母は教師であった。9歳のときにヴェルヌを発見したシルヴァーバーグは、急速にSFにのめり込んでいく。そして彼はコロンビア大学に進学し、SF雑誌への投稿を情熱的に続けていたのである。最初に彼の作品が掲載されたのはスコットランドのSF誌<ネビュラ>に短編が売れ、SF作家への一歩を踏み出すことになる。そして、彼は大きな人生の転換点にさしかかることになる。先輩作家ランドル・ギャレットと親交を結んだことにより、彼は本格的な執筆活動に入ることになる。ところが、彼は定期的に編集者のもとへ顔を出すことによって、その注文にあわせて小説を書くことを覚えてしまったのである。質は不問の大量生産、自分が自信作だと思った作品ほど売れないということが加わって、シニカルに自分は「小説工場」に徹するというスタンスをとり続けることになり、ある時には27ものペンネームを使い、雑誌一冊をひとりで埋めてしまうこともあったそうだ。そして、この小説工場もまた別の転換点にさしかかることになる。彼はノンフィクションで高い評価を得て、一流作家への道を歩み始めることになる。<ギャラクシー誌>の編集長になったフレデリック・ポールから、制約はいっさいつけないので、書いてみないかとのことで、声がかかった。このことにより、彼は一時期足が遠のいていたSF界へと復帰することになり、遅らばせながら、SFのニュー・ヴェーブ運動に参加することになる。

 シルヴァーバーグのこのときの作品は、秀作が多く、彼は”ニュー・シルヴァーバーグ”と呼ばれるほど、野心的な力作を発表していくことになる。しかしながら、1969年に起こった自宅の火事によって、宗教的モチーフが彼の作品につけ加わることになる。そこで完成したのが本作品『夜の翼』でした。この作品は前述のようにヒューゴー賞・アポロ賞・星雲賞を受賞するという快挙で、今でも人気の高い作品の一つだと思われます。しかしながら、自信作『内死』『人の子』があまり評価されなかったことで、SFに対する絶望を覚え、1975年には突然の絶筆宣言を行い、ニュー・シルヴァーバーグ時代は終焉を迎えた。しかしながら、その4年後には日本でも評論家で作家でもある、神月摩由璃さんが『SF&ファンタジー・ガイド』でも(笑)と命名した『ヴァレンタイン』シリーズです。これはサイエンス・ファンタジーな小説で、実にこれもわくわくする冒険物になっていて面白いですが、最近のシルヴァーバーグは歴史をモチーフとしたサイエンス・ファンタジー物が多いみたいです。(私が敬愛するポール・アンダースンみたいになってきたのかもしれませんが……)

 ちなみに彼のペンネームなのですが、以下の通りです。
デイヴィット・オズボーン、キャルヴィン・M・ノックス、アイヴァー・ジョーゲンスン、アレグザンダー・ブレード、リチャード・F・ワトスン、ダン・マルカム、ラルフ・バーグ、ロバート・アーネット、エリック・ロドマン、ウォーレン・キャステル、ホール・ソーントン、アレックス・メリマン、T・D・ベスレン、E・K・ジャーヴィス、S・M・テネショー、ダーク・クリントン、ウェバー・マーティン、ウォーカー・チャップマン、リー・セバスチアン(『夜の翼』あとがきより)


感想

 この作品はやっぱり、<翔人>アヴルエラと<監視人>トーミスとの愛とトーミスの巡礼の課程を経ての、精神鍛錬の旅がメインになっていると思います。第1部では、今までの調和が崩れていく過程が、第2部ではトーミスの葛藤と彼の鍛錬および浄化への旅、第3部では再会と新たなる世界への飛翔という感じで、繊細なタッチで、物語自体をさわったら壊れそうなタッチで書き上げています。特に、第3部は感動ものです。巡礼を終えて、若返りに成功したトーミスがついにアヴルエラへの愛を確認し、彼女と新たな目的のために救済の中心人物として一緒に旅立っていくシーンと以下のシーンは感動しました。『私は降りてこなくてはならないのが悲しかった。未来永劫空にいたかった。アヴルエラと二人で。「そうよ、トーミス、そうするのよ!」彼女が私にいった。「もう何ものもあたしたちを割くことはできないわ!信じるでしょう、トーミス」「ああ」われわれはいった。「信じるよ」そしてわれわれは、暮れなずむ空に、彼女を大地へと誘導していった。』(『夜の翼』p289より)なんだか切ない気分にさせてくれた作品です。物語自体が、人間の高慢が招いた滅亡の物語なのに、そののちには魂の救済と愛が残ったという何ともいえない気持ちになる作品でした。 非SFな人にもお勧めの一品です。


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