『オルガニスト』感想めも |
山之口洋『オルガニスト』(新潮社:第10回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作)を読み終えました。いちパイプオルガニストの悲劇を描いた作品。(簡単に言ってしまえば、ですが)改めて日本ファンタジーノベル大賞のレベルの高さを痛感した次第です。同時に優秀賞受賞作の『青猫の街』、『ヤンのいた島』も読み終えたので、もし興味のある方は参照していただけるとありがたいです。
舞台は南ドイツ。ニュルンベルグ音楽大学ヴァイオリン学科の助教授である主人公のテオは同僚のシャンクからある相談を受けるところから物語は始まる。その依頼とは彼の友人でブエノスアイレスに住んでいる音楽雑誌<<メリスマ>>の記者が、ある教会でたまたま演奏を聞いたところ素晴らしいものとわかり、それに対する専門家のコメントが欲しいということだった。テオは9年間ある事情により会っていなかった世界でも屈指のオルガニストであるラインベルガー教授にコンタクトをとることになる。そして物語の幕はこの偉大なる盲目の老オルガニスト、テオも気にしていたある一人の人物とつながることになるのだが……。(あらすじ)
この後濃密な文体によって物語はとんでもない方向に進行していきます。表題のとおり、オルガニストをめぐっての話しなのですが、特にバッハのオルガンの名曲がどんどん言及されていきます。ぼくはバッハが大好き(特にパイプオルガンの曲)なので、近くにあったバッハのパイプオルガン曲集を聞きながら、この本を読んでいました。神秘的で壮麗な空間である教会の中央に鎮座する巨大なパイプオルガンの前で一心不乱に練習に励む一人の金髪碧眼の美少年の姿が目に浮かびます。彼こそが問題のオルガニストヨーゼフです。あるいはプロとしてバッハの精神をいかに分析して、自分自身、なれれば音楽になりたいという音楽のミューズに魅入られた彼の姿が読み終えた後、脳裏にはっきりと浮かびます。
物語はヨーゼフとテオの出会いからはじまり、テオの妻となったマーリア、との回想録、ヨーゼフとテオの悲劇的な事故、ヨーゼフの右半身不随による絶望的ともいえる状況から、彼の失踪までが語られ、謎の天才オルガニストをめぐって、ヨーゼフの師匠でもあり世界的なオルガニストでもあるラインベルガー教授が彼の正体を確かめるべく、彼に会うのですが……。教授はその後演奏会でパイプオルガンの演奏中にパイプオルガンが爆発し、殺されてしまいます。そんな中、謎のオルガニストとヨーゼフが実は同一人物ではないかという疑問が高まってくるわけなのですが……。体の右側が脊椎損傷によって使えない人物がどうしてパイプオルガンを再び演奏できるようになったか?驚くべき謎が明かされることになるのですが……。
ヨーゼフの台詞がとにかく印象に残ります。音楽に対する情熱、大バッハが残したオルガン曲集からバッハへと近づこうとする彼の意志はとてつもないものであり、ものすごい衝撃でした。再びオルガンが弾けるようになった彼はまさに音楽の神になるべく、努力とそして魂を売る、といってもいいような行為も厭わないことになるのですが……。そのためには、師匠であり、バッハに近づこうとしていたラインベルガーさえを超越して、排除しなければならなかった彼の強固で純粋な意志に涙する人も多いかと思います。そして最後には彼は自分の望んでいた<音楽>となり、人間を超越したものとなるわけです。後半の章は衝撃的なシーンがどんどん出てきて、無我夢中で読んでしまいました。意志の力の恐ろしさ、そして狂気を垣間見たような気がしました。
バッハ、ミステリーが好きな人は御勧めです。(高野史緒さんの作品に似ていて(途中まで読んでいる『ムジカ・マキーナ』+『架空の王国』的美しさ)とってもよかったです。)未読の人は御勧めなんで、ぜひ読んでみてください。この本を読んでパイプオルガンの世界、バッハの世界が好きになった人も出てくるのではないかと思います。ただ刷り数が少ないそうなので、注意した方がいいです。(実際中堅の本屋でも1冊しかおいてなくて、びっくりしましたが。)#ねころがーるさんところの掲示板でも作者の山之口さんがそのことを指摘されていてびっくり。やっぱり刷り数が少ないんだなぁと痛感しました。