『オットーと魔術師』感想めも |
数少ない山尾悠子の短編集。集英社コバルトシリーズから出ているので見逃している人も多いかも知れない。7つの短篇から成っており、ジュヴナイルとしてはとってもバランスのとれた構成ではないかと思った。表題作「オットーと魔術師」はブラッドベリ的な味わいのある短篇だし、「チョコレート人形」と「堕天使」は残酷さがとってもよく書けていて、お気に入りである。そして4つの短篇からなる連作短篇の「初夏ものがたり」はノスタルジー溢れた短篇だった。山尾悠子の作品を読むと物悲しくなってくる。華麗な装いの裏にある何かを見てしまった気分、そう舞台裏から眺めた世界を見ている気分になることが多いのだ。
「オットーと魔術師」はなんというか不思議なテイストの短篇だ。飼い猫の風邪を直しに行った主人公が魔術師と間違えられて……。という筋なのだが、なんというか一言で言うと「混乱と渾沌の後の寂寥感」とでもいうのだろうか、三倍速でビデオをダイジェストで見た気分という感じだ。途中までは目まぐるしくかわる場面に心を奪われているが、終わってみると「なーんだ」という気分になるという感じだ。
「チョコレート人形」は山尾悠子らしさがとても出ている作品だと思う。辰砂というのは「水銀と硫黄の化合物で、濃い赤色の鉱物の名前」ということだが、なんとも日本的な響きがとても素敵だ。天才博士オー氏は現実の女性(結婚を迫る女性が出てくる)に飽き飽きしており、理想を辰砂に見いだす。しかしながら、辰砂は「チョコレートちょうだい」しかいえないアンドロイドなのだが、ラストに気球に乗って人間達の前から去っていくのがいい。純粋に昇華された存在としての辰砂がラストで強調されていて、「夢の棲む街」のようなテイストになっているように思えた。
「堕天使」はこの短編集の中でもっとも残酷だがとてもインパクトのある短篇だと思う。資本主義社会への皮肉ともいうか、使い捨てに対する皮肉が強く込められていて衝撃的だ。商品価値のなくなった堕天使はいったい何なのか?商品が自分だけだと思っていた自信が揺らいだとき、彼の存在は失われてしまう。そのとき彼は<堕天使>ではなく、ただの人間に過ぎなくなってしまうのだ。この辺りの変化、無情さを少ないページながらも読み取ることができる。
「初夏ものがたり」は連作短編集で、謎の日本人タキ氏を主人公とした幽霊物語だ。読み終えた後、ビーグルの『心地よく秘密めいた場所』を思い出してしまった。タキ氏は謎の人物だが、あの世の魂をこの世の人物と出会わせることのできる組織のエージェントだ。彼は「死者がこの世に望むこと」を一度だけかなえることをセッティングすることができるのだ。自分の子供に出会いたい若き父親、死に別れた兄に会いたい妹、昔の思い出を見に来た幼い子供、そして4日間の猶予をもらった女性というように4人の人物の姿が短篇として描かれている。なんというか、死者が一度だけ生きている親族に会えるというのはとても夢があっていい。自分も死んだら絶対にこの権利を行使しようと思ったのだった。どういう仕組みになっているかはわからないが、懐かしい人にあったという気分になれる短篇集だった。