『パヴァーヌ』


カバー:杉本典己

エリザベス女王の暗殺は……

あらすじ

 1588年、英国女王エリザベス1世が暗殺者の凶弾に倒れ、その混乱に乗じてスペイン無敵艦隊が英国本土に侵入、ついにはスペイン国王のフェリペII世が英国の統治者として英国を統治することになった。このことにより、プロテスタントは壊滅し、カソリックが絶対的な権力をもち、ローマの教皇が絶対的な力を持つヒエラルキー世界が成立してしまった。そして21世紀の現在、依然として教皇がこの世の最高権力者として全世界を統治していた。その結果徹底的に科学技術は制限され、利用できるものとしてはせいぜい蒸気機関と初歩的な通信機(信号機)を利用できるようなレベルにあった。そんなローテクの世界でも日増しにカトリック教会独占の支配に対する不満がくすぶっていたのである……。物語はパヴァーヌ(16世紀から17世紀にかけて流行した宮廷の舞踏曲を差し、)という名前が指し示すように、もう一つの違う世界を描く分岐点でもあり、物語は楽章の形をとって進行していくことになる。(終楽章まで含めて全7章)第一楽章は蒸気機関車の若き経営者の話、第二楽章は信号手ギルドにあこがれて、人生を捧げた若者の話、第三楽章はカトリックへの疑問を抱いているある修道士の話、第四楽章は第一楽章の主人公を伯父にもつ、自立心あふれる女性の話、第五楽章は漁師の若い娘の話、第六楽章はカトリック教会に勇敢に抵抗する女領主の話、という感じで吟遊詩人の奏でるパヴァーヌは淡々と進行していきます。


著者キース・ロバーツ(Keith Roberts)と
作品について

 1968年に書かれた作品で、1987年にサンリオSF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストは杉本典己さんです。(ピーグルの『風のガリアード』などで見かけたことがあるイラストレーターの方です。)緑色を貴重としたイラストで、中央に左を向いた麗しき女性がいかにもイギリスの一田園地帯という場所を背景に穏やかに微笑んでいる、という感じのイラストです。

 著者キース・ロバーツは1935年生まれ。SF作家としてではなく、イラストレーターとしても知られている。長年広告業界に携わり、SFでデビューしたのは1964年のことである。デビュー作は"Anita"である。(検索したところ、入手は可能のようである。英語版に関しては)なお、『パヴァーヌ』自身は現在もペーパーバックで入手可能である。短篇を中心に今までに10冊以上の作品があるが、日本で読めるのは短篇を含めてわずかしかない。もっともっと知られてもよい作家の一人であると思われる。


感想

 u-kiさんのところの読書日記を読み終えて、絶版になっていて絶対再刊して欲しい作品を少しでも他の人に知ってもらいたいという気持ちが強まって久しぶりに再読して、感想を書いております。『エンパイア・スター』同様、読み終わった後、あまりの素晴らしさに声を失いました。なぜかというと、あこがれの女性への告白に失敗したうえに、友人の裏切りを喰らってしまうという不幸な若き蒸気機関の運搬の経営者ジェシーの話、そして信号手のギルドにあこがれ、信号手となり、信号手として死ぬ若者の話……というように物語は進行していくのですが、読んでいくうちに脳裏に彼らの姿がイメージとして出てきました。解説で大野さんや訳者の越智さんがおっしゃっていますけれど、宮崎駿のアニメの世界が重なってしまうのです。特に第六楽章の女領主エリナーの姿はジャンヌ・ダルク的な悲劇要素も加わって是非とも映像化されて見てみたい話です。イメージ面も喚起するあたりが実に見事だと思いました。そして、映画的な描写に加えて、人物の心理描写は実に見事です。第一楽章のジェシーのシーンではこういう経験をした人も多いはず(苦笑)ですし、第二楽章のレイフのようにある職業にあこがれを持って、あこがれていた職業についた人も多いはずです。第五楽章の漁民の娘ベッキーのように重々しい伝統に縛られた人があこがれていたものへと逃走するシーンなど、胸がつまされるのではないかと思います。そういう意味でも心の奥にしみこむような心理描写もものすごく感激するものがあります。そしてスチーム・パンク的なテクノロジー、この部分が宮崎駿アニメの「天空の城ラピュタ」に近いものがあるでしょう。(イメージ的に)その意味で実際に『パヴァーヌ』の世界を実際に見てみたい、という気分になった人も多いのではないかと思います。

 それだけではなく、もしかするとあったかもしれない、パラレルワールドの描写が実に生々しい。カトリック教会によるヒエラルキーは確かに世界を沈滞させ、一見すると中世の暗黒の時代を続けさせるような世界であったかもしれない。しかし終章でジョン・フォルコナーの手紙にあるように、すべては古き人々の述べている二本の矢の印(この印はSFMの1987年9月号の高橋良平氏が示してくれているのでそちらを参照のこと)がロバーツが物語を通じて語りたかったことではないか?と思った。そう読み直せば、この並行世界でのローマの役割は決して悪いものではないように思える。つまり、すべては万物は流転し、環境は必ず変化していくものだ、ということであろうか。だから女領主エリナーの反乱は第一楽章からの流れをきちんと読んでいれば、必然の結果だったのである。u-kiさんも述べているが、「すべてはこの終末のために周到に用意された複線だったのだ。」である。だからロバーツはこの完成された物語に<パヴァーヌ>という名前を付けたのだと思う。

 最後に一言。是非、この名作を読めるようにしてください!この本を読まなければ絶対後悔すると私は思います。どうしても読みたい人は原書もありますけれどね。是非古本屋で探してみてください。値段に見合った内容の作品だと思います。


本について