"Dr. Rat"感想めも


 William Kotzwinkle " Dr. Rat " (MARLOWE&COMPANY) 読了。駄洒落とか学術用語(生物学系)が多くて苦労しました。駄洒落は面白いんだけどねぇ。病気の名前(赤痢とか、ペストとか、腫瘍とか覚えるのが大変)とか動物の名前(ナマケモノとか知らなかったよ!)が多発して辞書を引き引きやっていました、とほほ。ちなみに専門家のニムさんによれば、RATには「ダイコクネズミ」という訳語がついているそうだ。体重200〜300gていどの、ハムスターより大きくモルモットより小さいねずみだそうです。ああ、表紙にそんな感じのネズミがかかれているし、伊藤典夫編集『世界のSF文学総解説』(自由国民社)のカラーページに、凶悪な面をしたネズミが猫の目をメスで刺しているしなぁ(この話は物語中に出ます)。またRATには「裏切り者」という意味もあったりします。ちなみに本書はサンリオSF文庫で訳される話があったらしいですが、これは訳者も苦労するだろうと思う次第。さらに本書は1977年度の世界幻想小説大賞の小説部門受賞作です。G・R・ディクスンの『ドラゴンになった青年』(ハヤカワ文庫FT)などを押さえての堂々の優勝でした。

 コツウィンクル自身は邦訳が結構出ているのですが、一番有名なのは『E・T』(新潮文庫)のノベライズでしょうか。他にもいまは亡きサンリオSF文庫からバドディース先生のラブ・コーラス』とか、福武の海外文学セレクションから二冊ほど出ていました。本書、Dr.Ratもクレージーでファナティックで、マッドでスラップスティックな作品でありました。このブラックユーモアには参ってしまいました。生物学系研究者は必読(笑)でしょうか。こんな世界だとしたらいやだなぁと文科系の私は思うわけでして。

 我輩はネズミ博士。学識のあるインテリねずみだ。もちろん我輩が尊敬してやまない「学識のある気ちがい教授(LMP)」の研究室に生息している。ほら、その証拠に我輩の耳元には刺青が施されておる。他のねずみたちにも刺青が同様に施されておるぞ。む、なぜかって?それは実験の方法によって違うのだ。すなわち、肝臓を切り取ったり、脳下垂体を切り取ったネズミたちは耳元に切れ込みがいれられておる。切り取られた数だけ、耳元に切り込みが入れられるのじゃ。ちなみに心臓を切り取られたねずみたちは、もう切込みを入れないでいいんだがな。わはは!我輩は5%フォルマリンのにおいが好きなり。実験によって死んだねずみたちはフォルマリンに漬けられるのだ。我輩は死んでいないからなぁ(わはは)。ちなみに我輩は迷路用のネズミだからだ!我輩はLMPによって実験されて死にゆく仲間たちにこうささやくのだ。「死は自由への道!」きみたちの死は人間の病気の克服に役に立つからなのだ。まさに科学の進歩に君たちは貢献しているのだ。数多くの実験結果が生み出されるのだ!

 LMPの実験手法には我輩はいつもうっとりする。我輩は仲間たちのカウンセリングをするのに手一杯なり。妊娠中のしくみを調べようとして、腹に穴をあけられてプラスティックを挿入されたメスネズミのカウンセリング、特別な食事によって変になってしまったネズミたちを慰安するのだ、歌いながら。他にもマッドで楽しい実験がたくさんある。たとえば犬の鼻孔を炎で焼いたり(残念ながらこの実験は偉大なる我が大学で開発されたわけではないのだ。もともとハーバード大学で開発された手法なのである。)その他にLPと助手たちによる熱した鉄の帽子をウサギの頭にかぶせる実験などの結果が続々と出ているのだ。その一方で我輩の同胞たちが「動物実験をやめろ!」と声高に叫びおる。われわれの犠牲が科学の進歩に役立っているのがわからないのか!?この馬鹿どもが。しかし研究室の中が不穏になってきたのには気になる。

 ものすごくいいにおいが漂っている。ぼくたちを呼び寄せている。動物たちはひとつなのだ。ぼくたちはこのなんとも云えない呼びかけ、においに引き寄せられる。偉大なる存在がぼくたちを呼んでいる。早く行かなければ……。

 この物語自身はDr.Ratの行動(研究室内の出来事)とそのほかの動物たち(外界の出来事)の二つの話で成り立っています。それらが相互に切り返されて、研究室の内部と外界での出来事が切り替わっていきます。研究室ではこの後人間側の代弁者たるDr.Ratが「反乱ねずみたち」に襲われて逃げまどうシーンが続きます。反乱軍のねずみたちは人間による実験で、腫瘍持ちで頭が狂っていたり、異常に巨大化していたりとその様相はいたって不気味です。実際Dr.Ratは逃げ惑う間にいろいろな出来事に遭遇します。誘惑されたり、人為的な実験によってホモセクシャルにされた男ねずみにSockされたり(笑)するわけです。Dr.Ratは逃げ惑う間でも、自分の研究成果やアイディアをペーパーとしてまとめようと腐心します。(ここらあたりは文章内に挿入されている論文のタイトルなんかでわかります(笑))最後はコカインによってスーパーマウスになった(ラリって、バーサーク状態になって)Dr.Ratは仲間のネズミたちに襲いかかります。その姿はさながら鬼神のようです。一方外界では、動物園で不当な扱いをされていた王者たる鷲が象の助けによって逃亡し、動物たちを引き寄せます。ジャングルからはナマケモノをのぞく動物たちが続々と集結していくわけです。果たして動物たちは何で集まったのか?そして彼らはどうなるのか?その謎はDr.Ratの運命とともに明らかにされるわけですが……。コツウィンクルがこの作品を通じて描きたかったものは「人間の驕り」だと思います。それはラストのシーンを読んで読者が愕然とするわけなのですが、非常に寂しい気分です。動物と人間を隔てる壁というの非常に痛感してしまいます。Dr.Ratという作品が世界幻想小説大賞をとった理由には、一見マッドではちゃめちゃなファンタジーの中にとりこまれた物悲しさにあるのではないでしょうか。たとえば鯨が人間たちの攻撃によって愛するものと分かれるシーンや、ぶくぶくに太らされて最後には殺される豚の話などは心がいたみます。寓話的なファンタジーの体裁をとった、非常に怖い話ともいえましょう。ラストが心に残ります。自分の英語力では読みきれなかったディテールもありますが、コツウィンクルが投げかけたかったメッセージは伝わったように思えました。大傑作です。