バクシーシ山下『セックス障害者たち』(幻冬社アウトロー文庫)読了。ご存知の通り氏は不思議なAVを作る監督である。一度ロフトプラス1で彼のトークを聞いたことがあるが、知性的で冷めた感じのする方だった。本書は赤裸々に彼の作成したAVについての撮影記録兼雑感を綴っている。変な男優、過去に謎のある女性等、AVを巡っていろいろな生憎劇が氷面下にて展開されている。まだうまくまとめることができないが、時間があれば「人間の性本能」に対してこの本を読んで思ったことをもう少し考えてみたい。
眉村卓『怪しい人々』(新潮文庫)読了。日常に潜む恐怖や不条理を描いたショートショート32編を収録した短篇集。普段何気なく思っていることが、ある出来事をきっかけに不条理に変化する様が様々なシチュエーションで描かれていて楽しい。ショートショートの妙味とはこのことをいうのだろう。近所の団地で迷惑ばかりかけていた暴走族に浴びせられた機関銃の一斉射撃などなど、奇妙な味わいの短篇集だ。見つけにくいかもしれないが、通勤通学途中で読まれることをオススメする。
アイザック・アシモフ編『ショート・ショート秀作選1』(集英社コバルト文庫)読了。収録作家陣もなかなか豪華なテーマ別ショートショート集。全体的にはバランスがとれていてとてもよかった。こういうSF短篇集があるのは嬉しい。破滅、マッドサイエンティスト、考える機械などをテーマとしていて、結構面白い。まあ確かに血眼になって探すという本ではないが、さくさく読めるのが嬉しい。入門者向けのSF本といったところだろうか。(その辺りの詳しい経緯についてはここのダイジマンさんのコラムを参照するのが吉。)
アイザック・アシモフ編『ショート・ショート秀作選2』(集英社コバルト文庫)読了。未来のテレビ、奇怪な発明、ミュータント、時を超えた旅の4つのテーマであまれたアンソロジーの2巻目。一巻目と併せて思ったことは、SFはひとつのテーマをだんだんと発達させて物語をつくることが多いのではないかということだ。だからショート・ショートにはSFの妙味がたくさん含まれていて、とても楽しめることができたのではないかと思う。個人的に印象に残ったのは、ホールドマン二世「科学的事実」、F・ポール「ワプショットの悪魔」、マック・レナルズ「事故惹起者」、シオドア・L・トーマス「赤ん坊の避難所」だった。それぞれ4つのテーマから一番印象に残った短篇群を選んでみた。是非機会があれば読んでみてほしい。既存の枠組みにとらわれないような味わいの残る短篇集だった。
古書にまつわる9編の短篇を収録。古書マニアの人たちならばこの短篇集は共感しながら読めるだろう。印象に残った収録作から。まずは「古書奇譚」だが、こういう人たちは絶対いそうで恐ろしい。これは唐沢俊一さんの本を読み終えても思ったことなのだが、古書マニアとか古書が好きな人というのはこだわりを持っている人が多く、どうしてもほしい本はどんな手段を使っても入手しようとするところがある。その究極の姿を描いたのが「古書奇譚」だった。いや、恐ろしい世界です。「時のメモリアル」はヤングが好きな人ならばにやりとするはず。俗にいう私家版の伝記古書マニアが出会った謎の美少女を描いた素敵な話である。これはSF。ヤングの「たんぽぽ娘」を読んだ後に読み終えるとさらに楽しめます。「思い出コレクション」これはすげー怖い。どれくらい怖いかというと古書を集めている独身者にとってはまさに恐怖の一編としかいいようがない。その怖さは筆舌に尽くし難いものがある。しかし究極の選択ではあるなぁ。あなたなら、どちらをとる?これで古書コレクターの独身率が高い理由がちとわかったような気がした(笑)。「書棚の奥」は大爆笑。意外なオチなのだが、このオチが実に見事。いや、大杉右京さんの本マニアの奥深さにはびっくり。しかしそんなマニアが存在するのかぁ!とつっこみたくもなるのだが、実際いそうなところが恐ろしい。古書道は奥が深いというが、絶対人間の因縁や欲が渦巻いていて恐ろしい世界だなぁと思った次第。
矢野浩三郎・青木日出夫『世界の怪談』(ワニ文庫)読了。世界で実際にあった怪談などを収録した文庫。この中にはロバート・ブロック「猫の影」、ジョン・コリア「みどりの想い」、ヘンリー・カットナー「ねずみ狩り」、ブラックウッド「柳」などの短篇の抄訳が収められている。有名な話の概略(オトランド城奇譚とか)もあり、割と面白い怪談集になっている。実はワニ文庫には『恐怖の心理ゲーム』というホラーのアンソロジーもあり、見逃されることも多いように思われる。安ければ買って読む価値はあると思う。
<怪奇・幽霊>の短篇集な本書は、幽霊を題材にした作品を中心のアンソロジー。「墓標かえりぬ」は生理的に怖い。事故で別の世界に体の半身をおいてきてしまった男とであった医師の話。人体模型の断面図を思い出してしまって怖い。「十一人」は異生物に知らぬ間に化けられている人々の疑心暗鬼と恐怖が感じられて怖い。「牛の首」はものすごく怖い。この話を知っている人には何で怖いのかわかるだろう。とにかくこの短篇は想像するのも厭なくらい怖い短篇だ。考えてみると小松左京には「くだんのはは」というすごく恐ろしい短篇があるのだが、この短篇はそれをも上回る恐ろしさであった。「すぐそこ」は見知らぬ地を放浪した経験のある人ならばわかると思うが、実際によくわからない地域に住んでいる人たちというのはこういう体験をした結果、その地に住んでしまったのかもしれないと思ってしまう。そして「黄色い泉」。これは表題作だけあってグロテスクで醜く、おぞましい。妊娠した妻と旅行をしていた主人公が比婆山中のある洞窟で異形のものに襲われ、妻を洞窟の中へとさらわれてしまう。この洞窟に漂う腐臭とただならぬ妖気の中で夫が見たものとは?というのがあらすじ。「黄色い泉」という響きは心の奥底にある恐怖を引き出すように思える。実際例の話がベースになっているのだが、それを知っているとはいえよくできていて怖い物語だと思った。なぜ我慢できないのか?と常々思ってしまう。最近ハルキ文庫から小松左京の短篇集がかなり出ているので、読む機会はあると思う。
C・G・フィニー『ラーオ博士のサーカス』(ちくま文庫)読了。昔サンリオ文庫から出ていた一冊で、ちくま文庫に再収録された一冊。なぜ再収録されたのかは、読んでみるとよくわかる。この話、ものすごく変。ピアス『悪魔の辞典』的な皮肉に溢れた物語だ。中国人のラーオ博士に率いられた風変わりなサーカス。そのサーカスには世界の各地で発見した空想上の幻獣たちで一杯なのだ。そんなサーカスがあるアメリカの小さな町にやってきたのだ。クマともロシア人とも見える生物やスフィンクスなどなど、奇妙奇天烈摩訶不思議な生き物たちが人々の目を楽しませる。そんな一人一人の観客にも歴史があり、そんな歴史も楽しめてしまうという変な小説だ。人それぞれ、この作品に感じるものは人それぞれだろう。そんな変な小説だからこそ読み継がれて、謎の姿へと変わっていくのではないかと思う。
かんべむさし『むさしキャンパス記』(徳間文庫)読了。かんべむさし氏の大学時代を思い起こしてのエッセイ。これは一読の価値あり。氏の関西学院大学での広告研究会の仲間を中心としたエッセイは抱腹絶倒。大学紛争がたけなわの時代にかんべ氏がどんなキャンパスライフをすごしたのか、そしてどんなことを語らい、どんなことを思ったのかが当時のノートをもとに生き生きと再現されている。今の大学生も昔の大学生もあまり変わらない馬鹿をやっていたんだなぁと痛感。そして、かんべ氏がいかにSFとは縁遠い生活をしていたのかがよくわかり、興味深かった。氏のファンならば一読をオススメ。
帆船の外見を持つ宇宙船が大海原を帆走するようにゆらゆらと揺らめきながら動いていた。船の名前は「夢見る神(モルフェス)」。この船には二人の男女がコンピュータの制御の下、生体維持カプセルの中で、完全に管理されていた。彼らは生体カプセルの中で、夢を見ている。「緊急事態」発生の警告が船内にとどろいた。そんな中、宇宙船のコンピュータにも登録されていないもう一人の人物が生体維持カプセルの中で目覚めようとしていたのだ……。
という謎めいた書き出しで始まる本書は、夢と言葉をテーマにしたとても幻想的なファンタジーSFでした。3つの物語が一応独立にある形での、長編というのがこの物語の特徴でしょうか。主人公である語得大君(男)と聞得大君(女)が、神話や神秘を信じないとことん実用的な男と対決をするというのがあらすじ。第一話、第二話は沖縄を舞台としており、島の住民達が外圧によって土着の信仰を捨てさせられてしまっている状況からはじまります。語得大君と聞得大君はこの苦難のもと、苦心して再び群星の言葉を聞こうと苦労するというのが第一話、第二話のあらすじ。この第一話と第二話、そしてプロローグがどのようにつながるのかと思っていたら、第三話ですべての謎が解き明かされました。このつながり方がとても見事であります。主人公のなつとはる、そしてふゆとの関係は?群星の正体とは?などなど、夢をテーマに解き明かされていくのはとても心地がよいです。この小説はたぶん、ワイドスクリーンバロック的な新しいSFなんでしょうか。
梶尾真治『クロノス・ジョウンターの伝説』(ソノラマ文庫NEXT)読了。とにかく切ないお話。物質過去射出機「クロノス・ジョウンター」をめぐる中篇が三つ収められています。この機械は一種のタイムマシンで、人や物を過去の目的の時代に送り返すという機械で、制約付きタイムマシンなのだ。このタイムマシンの制約はとても厳しいもので、利用者を利用した時点よりも未来へと飛ばしてしまうのである。この話はクロノス・ジョウンターで時間旅行した三人の男女それぞれの物語であり、すべてが切ないラブストーリーになっている。個人的には第一話が一番切なく、胸にじーんとくる。主人公の吹原は決して幸せとは言い難いけれども、愛する人のためならば自分の身を犠牲にしてまでの努力に共感を覚える人も多いはず。第三作目の鈴谷樹里の話はヤングの「たんぽぽ娘」を読んでいる人には二倍以上の感動があるはず。カジシン流「たんぽぽ娘」の登場だった。過去に滞在できる時間が決められていることおよび、より遠い未来へと飛ばされるという制約が見事に決まっていて感動的な時間SFの傑作になっていると思った。
大原まり子・岬兄吾編『SFバカ本 ペンギン篇』(廣済堂文庫)読了。一応このシリーズをすべて読んでいる自分としては、今回のペンギン編はめちゃくちゃオススメ。エロも少なく全体的に馬鹿SFに徹していて、感心しました。この水準ならば絶対読む価値ありです。気になった作品だけ触れます。
どうしても触れておきたいのが安達遥さんの「老年期の終わり」でしょうか。これ、昨今のインターネットバトルを知っている人には大爆笑ものの馬鹿SFでしょう。この話近未来を想定した老人虐待進化SFなんですが(すごい言い方)、クラークのあれとSさんのバトルウォッチャーには受ける内容になっています。老人の中にタマヨばあさん(爆)という人物が出てきて、人物設定がなんとなくSさんに似ている。これはぼくのあくまでも推測なんですが、読めばなんとなくそんな気がするように思うのは気のせいではないでしょう。タマヨばあさんは、国立機関の優秀な研究者、思うようにならないとすぐ腹を立て攻撃に転じる彼女の性格などなど(笑)。あと某編集者で主人公の陰山はもちろんモデルは(自主規制)でしょう。話もしっかりオチがあって、『幼年期の終り』を読んでいる人には百倍楽しめるかな。
牧野修「演歌の黙示録」は怪作。神秘主義がわかるひとには爆笑ものの、演歌・神秘主義SF。これむちゃくちゃとんでもないお話で、アレイスター・クロウリーのことととかを演歌の歴史を踏まえて説明するというすごいSFだったりします。牧野修がつくづくすごいと思う理由は、狂気と神話性かな。寓話を使って物語を再構築することについてはこの人にかなう人はいないように思えたのでした。「踊るバビロン」といい、『MOUSE』といい傑作が続きますね。(あしたのジョーを思い出してしまったぼくは(笑))
岡崎弘明「われはロケット」もお見事。生体ロケットをネタにした心あたたまる種馬SFというところでしょうか。種馬というのはこのロケットが種馬のような役割を果たす生体ロケットで、このロケット君の体験する冒険がなかなか。前回の「ぎゅうぎゅう」や「地獄の出会い」とも併せて、最近お気に入りの作家の一人になりつつあります。まだ長編は読んでいないので早く読まなければ。
そして森奈津子「天国発ゴミ箱行き」なんですが、これもまた傑作。ここまで赤裸々にやられるともう「やられた!」としかいいようがなくなります。何がやられたかというのは死後の世界で人生を選択できる魂が見た選択肢にあるわけですがこの選択肢にやられるでしょう。どうやられるかは読んでみてからのお楽しみに。セクシャリティに興味のある森奈津子さんならではの一作。この人は今後も注目大の作家さんです。
高瀬美恵「エステバカ一代」も面白い。これもまたSF的ホラー落ちなんですが、女性の中にある願望を見事に描いていて結構怖い短篇でした。美しくなりたい!という女性の心理がだんだんとゆがんでいく様がとてもいい感じでした。
イアン・バンクス『蜂工場』(集英社文庫)読了。読み終わった後で、ひとこと。「ギャフン……」。しかしこのオチは本当にギャフンとさせられる。だって、まさか(自主規制)。カバーにも書いてあるのだけれども、「結末は誰にも話さないでください」ということなので、話しません。でも、でも……。物語はいたってホラーテイストの純文学(?)で、スコットランドの小さな島で父親と二人で暮らしている主人公のフランクの回顧を交えながら、彼の兄が戻ってくるまでの戸惑いを描いた話。この主人公学校にもいかず、小動物を殺すのが趣味という変な少年で、とにかく殺す。しかしまったくグロテスクというわけでもなく、描写が淡々としているので、逆にそれが当たり前だと思えてくるところがバンクスの怖いところだと思う。一番怖いシーンはあれ、エリックが発狂した原因っす。想像しただけでぞっとしますが。とにかく一気読みさせるし、面白い。テイスト的にはキャシー・コージャに似ているかも。主人公にむしろ同情してしまうくらいだ。傑作。
アメリカ防疫センターの女医ケイトは、チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアの子供たちの実態を調べるための調査団の一員として入国した。彼女はあまりの状態にがく然とするが、そんななか重度の免疫不全を持つ孤児をアメリカにて治療すべく、その幼い赤ん坊を養子としてアメリカで治療することにした。アメリカで彼女はジョシュアと名付けた子供の状態を懸命にモニターし、ある事実をつかんだ。彼は血液を採取することによって、免疫機能を獲得するという特異な遺伝子の持ち主だったのだ。これは画期的な発見であった。ところが、そんな中ケイトの家にジョシュアを奪おうとする謎の男が現れ、彼女と元夫のトムは不安に駆られるのだが……。
モダンホラー読本を読んで、興味を持った一冊でした。まあ、あらすじを読んでいくとわかるようにドラキュラものであることは、わかる人にはわかるかと思います。このジョシュアがキーパーソンになってくるのですが、ウラド公の個人的な追想録も間に挟みながらの物語進行になっています。このジョシュアこそが、闇の血族の跡取りとなる重要な人物になってくるのですが、科学的になぜそういう一族が出てきたのかなどが詳しく書かれていてリアリティがとてもあります。ルーマニアを牛耳る謎の勢力としてのドラキュラ一族。その不気味さを一人の子供を鍵に、光と闇の戦いをスピーディーに展開しているように思います。もちろん、シモンズ自身の取材と努力が物語をとても面白いものにしているし、ケイトとオルーグ神父の遅々ながらも成就するラブロマンスも見逃せません。吸血鬼退治ものとしては、非常にリアルで背筋がぞくぞくするアクションSFホラーでした。#『サマー・オブ・ナイト』をまだ読んでいないので、これから読んでみたいと思います。なぜ読みたくなったかは、本文庫の訳者あとがきを読めばわかります。
日本版マッドサイエンティストもののアンソロジー。天才と狂人は紙一重というが、そんな人々や発明のオンパレードの本書はSF者には満足できる仕上がりとなっている。収録作家もどちらかというとSF寄りで、一気読みできるだろう。どれも面白かったのだが、特にその中で印象に残ったのは牧野修「<非−知>工場」、堀晃「ハリー博士の自動輪−あるいは第三種永久機関−」、田中啓文「俊一と俊二」、岡崎弘明「空想科学博士」、岡本賢一「果実のごとき」の5短篇。
牧野修の「<非−知>工場」は超常現象を扱った不思議な工場をテーマとした変な話で、現在の科学のパラダイムでは存在証明することができない現象を不思議な機械(どう不思議かは読んでみればわかる)から啓示を得るというこの工場に入ってしまった男の姿を描く。先日読んだ『蜂工場』の機械が脳裏をかすめてしまった。<啓示>とはなんだろうか?我々の知覚というのはいったいなんだろうか、この短篇を読んで考えてしまった。
堀晃の「ハリー博士の自動輪−あるいは第三種永久機関−」は傑作。人類の永遠の夢である永久機関をネタにしたマッドサイエンスものである。ネタは熱力学第一法則、熱力学第二法則をベースにしている。この永久機関のソースは思わぬところから供給されていることが明らかになる。これはネタバレになるので書かないが、ハードSFの妙味を味わった気がする。
田中啓文の「俊一と俊二」はなんとも表現しがたい短篇。若き天才学者がロボットを発明し、婚約者にロボットを紹介し、慣れさそうとするのだが……。最後で明らかにされる謎なのだが、ロボットが本当に人間を好きになることができるのか?という点を鋭く指摘した短篇だと思う。なんともやりきれない気持ちになる短篇だった。
岡崎弘明の「空想科学博士」は楽しい気分になるマッドサイエンティストものだ。このノリはヨコジュンの「松戸菜園テスト研究所」の松戸博士のノリに近い。考えただけでもおかしくなるような発明で、くすくすわらってしまった。最近岡崎さんの短篇を読む機会が多いが、どれも外れがなくぼくの好みにしっくりきている。
岡本賢一の「果実のごとき」は井上雅彦氏が書いているようにクライヴ・バーカーの「ミッドナイト・ミートトレイン」的バイオホラーだ。実際自分が知らない間に異世界(この場合は悪夢的実世界なのだが)に迷い込んでしまうということを淡々と描いている。特に実験体となっている人々の姿がおぞましく、ぞっとする。人が一人消えても気にしない社会において、この短篇はとても生々しかった。
神林長平『宇宙探査機 迷惑一番』(光文社文庫)を読み終える。「メタバタSF」と解説で火浦功が絶賛していた本書は本当に神林?と思えるほどバカな長編であった。宇宙を横断する謎の飛行物体、それは水星(国家主権を持つ)から派遣された宇宙探査機であった。作成した和泉博士の性格からこの探査機はとても脳天気であった。どのくらい脳天気かというとそれは迷惑一番を発見した雷獣迎撃小隊のメンツと同じくらい脳天気だったのだ。<迷惑一番>を発見した雷獣迎撃小隊は巨大な爆発に巻き込まれ、とんでもない出来事に巻き込まれることになるのだが……。その後の物語がどたばたしていて、じつに見事。個人的にはたぬきのポムポム(笑)ちゃんがキャラ萌えしていてよかった。なかなか手に入りにくい一冊だと思うが、ぜひ機会があれば読んでみて欲しい。