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「最終都市」

2000年7月の読書感想文


Peter Dickinson" TULKU " (LAUREL-LEAF Books)

 「セオドアの父親はキリスト教を中国大陸に広める伝道者だった。ある日、父親が建てた伝導区が中国人の叛乱によって破壊され、父親も殺されてしまう。身の危険を予感していた父親はセオドアを逃がし、他の伝導所に避難するように指示する。父親の命に従って命からがら逃げ出した13歳のセオドアにとって、旅は緊張感溢れるものであった。そんな彼の前に植物学者ジョーンズ夫人と中国人の若きガイドラングが現れ、一緒に旅をすることになる。彼女は新種の植物を彼女の元恋人の庭に送るべく、探索の旅をしているのだという。奇妙な組み合わせであったが、旅は平穏で楽しいものだった。ところがある日チベットへと向かう旅の途中、彼らは山賊たちに襲われる。危機一髪のところをダライラマを探しているというラマ僧によって救われる。ラマ僧によれば彼らの中にダライラマの兆しを持つものがいるという……。」1979年度、カーネギー賞受賞作。

 一見普通小説っぽいのだが、読み終えてみたらファンタジーだったという不思議なお話。転生する予定のダライラマの正体にびっくりする。チベットを舞台としたファンタジーとしては実に面白い。チベットのラマ寺院の閉塞感、チベットの密教の神々の存在をひしひしと感じさせるような描写が素晴らしい。セオドアの成長物語としても、非常によくできたお話だと思う。児童文学とはいえ、非常にクオリティの高い一冊。邦訳を望ム!


草上仁『こちらITT』(ハヤカワ文庫JA)

 梶尾真治の解説の「知的なほら話」という形容がぴったりの短編集だった。収録された7つの短編はどれも軽妙で、フレドリック・ブラウンのような味わいがある。いくつか草上仁の作品を読んで、思ったことがある。草上仁は短編に強みを持つ作家だということだ。草上仁の作品は最新作を除いて品切れになっており、本短編集もその例外ではない。

 たとえば「アル牛」。主人公の宇宙船が遭難、運良く牛型の知的宇宙人たちに救われる。そんな彼らはなぜか酔っ払っていた。というのも肉を分解して酒にしてしまうスーパー酵母菌に感染してしまった牛型宇宙人たちは、酵母菌が不活性になるとされるアルコールを飲むことで、身を守っていたのだ。彼らの乳房からは神が創造物のような酒が迸っていた。主人公も酵母から身を守るために、彼らの乳房から分泌されるアルコールを飲む羽目になる、というあらすじ。最後にがらりと物語が逆転してしまうところに驚いてしまった。このまま登場人物たちが酔っ払って物語が終わっても十分面白い。しかしラストのどんでん返しによって、物語ががらりと様相を変える。この変わり方がまさにしらふに戻るような感覚がある。他の短編についても、軽く触れておく。奇妙な殺人事件の謎が馬鹿馬鹿しい「ベター・ハーフ?」、ベイリーを彷彿させるようなバロックスクリーン的馬鹿SFの「進化の道」、虚構性をディックの作品のように描くことに成功した「分裂剤」、マルチメディア時代の到来を予感させたであろう「こちらITT」、システムの盲点を利用した悪人の姿が後味悪い「目には目を」、超能力を持つ無知な少年と純粋無垢な少年との交流を描いた「道化の釘」、これらの作品には捨てがたい味わいがある。軽妙の妙を楽しむ、そんな人のためのSF短編集だ。


松村光生『グッドバイ・ロリポップ』(ハヤカワ文庫JA)

 破滅SFの傑作<アーマゲドン2000>シリーズをハヤカワHiシリーズから出していた松村光生氏の最初の長編。完成度の高い素晴らしいポップなハードボイルドSFだった。エフィンジャーの<ブーダーイン>三部作的なノリが小気味いい。さらに物語の世界設定の先見性に驚いた。パソコン通信を駆使して情報を集める主人公の姿は今読んでもまったく古びていない。軽快軽妙なテンポで謎が解決していくのが爽快だ。

 「コンピューターが重要な役割を果たしている21世紀。主人公伊栗慎太郎は自慢のコンピューターの腕を駆使した優秀な私立探偵。そんなある日、彼の元に事件調査の依頼人が現れた。その依頼人は10歳の可憐な女の子。彼女は自分の姉を探して欲しいという。限られた情報を頼りに、伊栗は彼女の姉の居場所をつきとめようとする……。」というのがあらすじ。

 軽いハードボイルドだと思い、読むのを敬遠して積ん読だった。MYSCONにおいて交換本だったことを知って「きっと傑作ではないのか」と思い、読んでみた。まず驚いたのが、世界描写の緻密さ。当時の技術から推測される未来の姿を生き生きと描いている。主人公がギャビン・ライアルの『深夜プラス1』の文庫本を買うために古本屋のご主人と交渉する姿(この世界の本はすべて電子出版形態なのだ)などがいい例だ。電子メールで情報を交換する主人公たちの姿も古びていない。電脳空間での主人公の姿の描写はNiftyにおける著者の経験が十二分に生かされているように思える。

 これだけでは普通の近未来ハードボイルドではないかと思う人もいるだろう。しかし本書の真の魅力は依頼人の姉良子の正体の謎にある。今ならば十分利用されているネタなのだが、1989年の段階でこのネタを思いついたことにびっくりする。このアイディアはぜひ自分の目で確かめて欲しい。ハードボイルド・ポップ・SFの傑作。古本屋で見かけたら迷わず買って読むことをお勧めしたい。


フレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』(ハヤカワ文庫SF)

 タイムトラベルと並行世界をテーマにしたハードSFの傑作。フレッド・ホイルが自分の時間意識論をわかりやすく説明するためにSF小説の形にまとめたもの。我々が普段何気なく感じている時の流れが、色々な世界を生み出しているというアイディアが非常に面白い。

 「有望な作曲家リチャードは友人の物理学者ジョンと偶然再会する。ジョンは太陽から発信される指向性の輻射線を発見したという。リチャードはジョンの調査に同行する。その直後、世界中の通信が突然途絶える。人知を越えた異変が時間の流れに作用し、イギリスとハワイを残して、地球上にさまざまな時代が並行的に存在することを確認する。まもなく調査隊が第一時世界大戦中のヨーロッパ、フロンティア期前のアメリカ大陸、融けたガラスの平原となってしまったロシアなどの姿を発見する。リチャードは古代ギリシャに遡ってしまったギリシャ地域の調査へと向かう……。」というのがあらすじ。

 時の流れが多元的であることをテーマにした時間SFは多いように思われる。その中で本書は古典の部類に属する。古典に属するとはいえ、今読んでも面白い。時間に対するぼくたちの直感的な認識を素直にSF小説にしたといえる。時間の枝が分岐し「世界の可能性」を記述していくアイディアは山田正紀の『螺旋の月』(ハルキ文庫)にも「時間の樹」という形で現れている。さらに「時間の順序性」が必ずしも一意ではないという考えを並行世界の形で表すことで、新たなSFのアイディアを与えているように思われる。その考えの根底にあるのは「シュレジンガーの猫」の考えである。観測者たる人間の主観が時間の流れにどの程度影響しているのかという問題は蓋然性(確率)の操作可能性に関わってくる。以前紹介したグレック・イーガンの『宇宙消失』(創元SF文庫)でも取り上げられているテーマであり、ホイルの本作品と比較して読んでみるのも面白いと思う。現在、本書は品切れ中。古本屋で見つけたら迷わず買って読むことをお勧めする。


クリフォード・D・シマック『超越の儀式』(創元SF文庫)

 「ルールのわからない」ゲームの謎を主人公たちが試行錯誤を繰り返した末に解決する話。読了後、同じテーマを小説化した貴志祐介『クリムゾンの迷宮』(角川ホラー文庫)と比較してみた。ホラーの要素の濃い『クリムゾンの迷宮』の場合、主人公たちがゲームマスターによって決められたルールに従ってゲームを解決することに重きが置かれているのに対し、SF的な『超越の儀式』では何物かによって与えられたゲームのルールを発見し、解決することに重きが置かれている。貴志祐介は「ゲームブック」からの着想であり、シマックはTRPGからの着想にあるという点がこのような違いを生み出したのだろう。

 「英文学の教授エドワード・ランシングは、ある学生のレポートの水準の高さに驚き真相を確かめるべく、その学生を問いただした。学生によれば、そのレポートは自分で書いたものではなく、願いをかなえてくれるというスロットマシンに書いてもらったという。半信半疑のランシングは学生のいうスロットマシンのところへ出向き、25セント硬貨を入れてレバーを引いたのだ。マシンの指示に従って、別の場所のスロットマシンを試してみると……、ランシングはなんと見知らぬ世界に移転していたのだった。」というのがあらすじ。

 訳が直訳調なのが気になったが、物語が面白いので一気に読み終えた。知らないうちにゲームに強制参加させられた人々はグループを組み、世界の謎を解くために不思議な世界の旅を続ける。この旅の過程で、段々旅の仲間が減っていく。なぜ消されたのか?その謎が明らかになったとき、読者はあっと驚くでしょう。ゲームマスターの正体と意図こそがSF的で非常に面白い堀晃「梅田地下オデッセイ」のテーマも含まれているので、面白かったのでしょう。TRPGを経験した人なら、このお話は気に入るはず。訳の好き嫌いはあるかもしれないが、ぼく個人としてはオススメしたい。


キース・ローマー『星の秘宝を求めて』(ハヤカワ文庫SF)

 物語のプロットを変えるとフランク・ハーバードの『砂の惑星』になってしまう(笑)。主人公の士官タールトンをポウルにして読みかえると外伝として読めてしまうのが恐ろしい。この物語はきっとフランク・ハーバードの『砂の惑星』並行世界なんでしょう。というのが小説を読み終えたときの第一印象。謎解きSF。プロット自体はキース・ローマーの才能が発揮されていて、非常に読ませる。

 「惑星海軍士官タールトンは、勝手に宇宙艦船外に出た友人ダントン中佐を引きとめるべく彼の後を小型宇宙船で追尾する。ところが彼が見つけたのはダントン中佐の無惨な死体だった。地球経済を支配する<企業>の手先の暗殺者が何かをつかんだダントン中佐を暗殺したのだ。その事実を知ってしまったタールトンも彼に殺されそうになるが、辛くも暗殺から逃れることに成功する。真実をつかむためにタールトンは一人奮戦することになるのだが……」というのがあらすじ。

 主人公タールトンの性格は軍人という職業のせいもあって非常に頑固。この頑固さのせいで、主人公に感情移入できなかった。友人の死に関わる事態がこの宇宙を支配している<企業>の謎に絡んでいるというミステリ仕立てになっている。主人公が刑に服して流刑惑星に送られるところまでは面白く読んだが、後半が唐突すぎるのでマイナス。これじゃあフランク・ハーバードの『砂の惑星』だよ!後半がもっとしっかりしていたら、もっと楽しめたと思うと残念。ミステリ読みの評価を聞きたいお話。本書はもちろん入手困難なのだが、無理して入手して読む本でもない。暇つぶし用のSFだ。


トーマス・M・デイッシュ『人類皆殺し』(ハヤカワ文庫SF)

 凄い、凄い、すごすぎ(以下略)。ここまで救いのないSFを読んだのはハーラン・エリスンの「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」以来。テーマも古びていないし、こんなに面白いSFが入手できないことに憤りを感じる。異性人の視点から物語が語られるため、人間の倫理はまったく通用しない。人間は害虫であり、Genocideされければいけない存在として淡々と描かれる。しかしこの点だけが物語に凄みを与えているわけではない。極限状態に置かれた人間同士のやりとりも加わることで、さらなる凄みが出ている。「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」も絶望的なお話だったが、デイッシュのこの作品もまた徹底して絶望的なSFだ。

 「ある日突然、地球は高度な知性を持つエイリアンによって侵略される。エイリアンたちは金属球型ロボットで建物を焼き、人間を焼き殺し、情け容赦無く地球を蹂躙する。エイリアンたちは地球を占領するのではなく、ただ単に彼らの食料品である<植物>を植え付ける畑として、地球全体を抹殺したのだ……。そんな中かろうじて生き残った人々は絶望的な日々を過ごすことになるのだが……」というのがあらすじ。

 カリスマ的リーダーに率いられた共同体の閉鎖性も嫌な感じ。跡目争いでの兄弟の争いなど、後味の悪い話が続く。果てには火炎を吹く金属球に追われた人々が<植物>の果実の中に逃げ込み、蛆虫のような状況に陥ってしまう。<植物>の中に入った後のお話はますます救いがなくなり、人間はモノ以下の扱いになっていく。ここまで徹底して、人間の本性をえぐり出した後味の悪いSFはない。人類滅亡ものの大傑作。古本屋で見かけたら迷わずゲットして読むことをお勧めしたい。


Ian Watson"THE EMBEDDING"(Carroll&Graf)

 サンリオSF文庫で翻訳予定だったイアン・ワトスンの長編SF。大変そうだったので読むのをためらっていたのだが、同じイギリス人作家のピーター・ディキンスンの未訳長編を読み終わったので、勢いに乗って読了した。すごく面白いSFだった。後半部分に物語の破綻が見られるが、それを補うに余るほどのアイディアの奔流に圧倒された。

 「心理学者クリス・ソイルは人間の精神の潜在面に奇妙な影響をもたらす言語を隔離された環境に置かれた子供を使って、秘密裏に研究していた。そんなある日クリスの友人ピエールから1通の手紙が届いた。ピエールによるとブラジルの奥地で、インディアンの種族を発見したという。彼らは麻薬の力で実に奇妙な言葉を話すという。言語の本質を得るために、クリスもピエールも悪戦苦闘の連続であった。ところがある時、地球の軌道に宇宙船が現れる。宇宙船とのファーストコンタクトに成功した地球人たちは、彼らと交渉に入るのだが……。」というのがあらすじ。

 これらの三つの話が後半で物語に絡んでくるのだが、やや強引な結び方だったと思った。脳内世界、心の働きと種族の神話という三つのテーマがうまく融合している点は感心した。宇宙人との対応の点については、作戦計画書をうまく挿入することで、対応の変化をうまく書き表しているように思えた。後半に突入すればするほど、ますます物語が「麻薬に犯された」ような感じになってくるので、想像しにくい。しかしながら、心の働きや脳の働きをうまくアイディアで肉付けしたSFなので、機会があれば一読をオススメしたい


ウィリアム・シャトナー『電脳麻薬ハンター』(ハヤカワ文庫SF)

 <宇宙大作戦>で、カーク艦長役を熱演していた俳優ウィリアム・シャトナーのSF長編。期待せずに手にとってみたところ、非常にノリのいい電脳ハードボイルドSFだった。エフィンジャーの<ブーダーイン>三部作やグレック・イーガンの『宇宙消失』やレセムの『晴れ、ときどき音楽』との違いを楽しむのもいいかも。映画的なノリのSFだった。

 「ハイテクの粋を凝らしたインテリジェントビルディングが立ち並ぶグレート・ロサンゼルス、その裏では脳に究極の快楽をもたらす”テク”と呼ばれる装置に汚染された街でもあった。光と闇の顔を持つこの都市に、一人の男が宇宙から戻ってきた。彼の名前はジェイク。無実の罪によって冷凍冬眠の刑を科せられていた元警官ジェイクは、友人の探偵社の尽力により仮釈放される。そして私立探偵として雇われ、ある事件を調査してほしいという……。」というのがあらすじ。

 流れるような物語のテンポが小気味いい。元妻への疑惑、墜落事故にまつわる謎、テクの売人と富豪との関係等、これらの謎が物語を破綻させずにうまく結実する。軽快だが、実にうまく構成された話だ。さらに登場するギミックも面白い。暗殺に使われる日本製ロボット「カミカゼ」や、レプリカントを彷彿させるアンドロイド等のギミックが物語でうまく生かされていて、面白い。色々な要素がパズルのピースのようにはめ込まれていて、読者の興味をプラスに働かすことに成功していると思う。エクセレントという言葉が相応しいSFだった。オススメ。


友成純一『淫夢魔』(実業之日本社)

 おーかわさんが「人妻がただやり狂う話ですよ」(笑)とおっしゃっていたが、そのままの話だった。相変わらずリーダビリティは非常に高く、すぐに読み終えてしまった。「インキュパスに取りつかれ、妖艶な人妻となった社長夫人恵子は、日々夫の精を吸い尽くす。異変を感じた執事夫妻が、以前屋敷を訪れた妖怪ハンターの青年に解決を依頼したときにはすでに恵子の腹にはインキュパスの子供が宿っていたのだ……。」というお話。

 面白い。容赦無く人が殺されるのは友成作品のお約束(笑)。ストーリーが非常にわかりやすく、楽しめる。依頼された青年がどうしようもないボンクラ(笑)で、実は(自主規制)だったという点にびっくり。こいつ、ただの悪い奴じゃん。でもって自覚がないので、たちが悪い。このボンクラ主人公の無謀ぶりは実に楽しめる。しかしながら女性にはあまり薦められないかも。友成を読んでいる某官能の女王様ぐらいだろうな、読むのは(笑)。


秋月達郎他『禁断の恐怖』(青春BEST文庫)

 マイナー色が否めないエロチックホラーアンソロジー。探すのに苦労した。結局注文して購入。作家の矢島誠さんのホームページより、この本の存在を知った。総合的に評価すると祥伝社のホラーアンソロジーよりもクオリティは低いと思う。ストーリー展開がありきたりでオチが読めてしまう短編のせいで、損をしているように思えた。全部で8人の作家が短編を寄せている。印象に残ったのは早瀬みずち、矢島誠、いちかわさとしの3作家の短編。他は特に読まないでもいいと思う。興味のある人は古本屋で探してみてください。

 早瀬みずち「ぼくの、せんせい」は綺麗にまとまっていてよかった。家庭教師を引きうけた大学生が生意気なガキを教える。ところがガキの態度には隠された秘密があったといのだったというお話。巷にいそうなサイコ系のある登場人物が最後にほほ笑むのだが、このシーンは主人公でなくても恐ろしい……。実際にあり得そうな話なので、怖かった。

 矢島誠「永遠の目撃者」は都市伝説的なテイストを持った不思議なホラー。主人公のナンパ師の死後に訪れた永遠の刑罰のアイディアが大胆でいい。昔より魔法の力があるとされるある物品にまつわるホラーなのだが、この状況は確かに怖い。もしある行為中に後ろから呼びかけられたとき、どきりとするだろう。そんな怖さと言い伝えがミックスしたうまいホラーだと思う。

 いちかわさとし「ずっと一緒」も現実にあり得そうなので怖いホラーだった。恋愛結婚の末に結ばれた新婚夫婦に訪れる狂気と恐怖の話。仕事のため新妻を愛せない旦那、旦那との時間を奪う仕事に嫉妬する妻の狂気が団々とエスカレートして狂気に突入する様が非常に怖い。どうエスカレートするかは読んでからのお楽しみ。


波多野鷹『都市に降る雪』(ハヤカワ文庫Hi!ブックス)

 作家久美沙織さんの旦那、波多野鷹さんの短編集。ひろき真冬画伯のイラストも物語の味を引き立てることに成功している。サイバーパンクテイストの強い連作短編集だ。権力によって無慈悲に凌辱され、蹂躙されていく人々の姿を退廃した都市の風景の中で描くことに成功した素晴らしい短編集であった。シチュエーションは各短編で変化するが、基本的に純粋無垢な存在が凌辱され、殺されるというパターンを描いている。波多野鷹さんの本を本格的に読み終えたのはこれがはじめてなのだが、こんなに後味の悪いとは思ってもいなかった。この後味の悪さは物語の完成度から来るのであって、決して嫌なものではない。ぜひ読んで欲しいと思う。

 各連作短編を説明すると面白さが半減するので、概略を述べるだけに留めておく。管理される側と管理する側に分化した21世紀東京。この世界には、残酷な運命に囚われた人々も存在した。政界の黒幕にペットとして飼われる少女、食料として純粋培養された女の子、権力側と反権力側に分かれて戦う姉妹等。待ちうけていた運命はどれも悲痛で、残酷なものだ。間接的に関わったものにも等しく残酷な審判が告げられることになる。作品の中の無慈悲さはデイッシュとも通ずるものがあった。波多野鷹さんが今後この世界を舞台にした作品を書いてくれるかはわからないが、ぜひ続きを書いて欲しいと思う。日本のサイバーパンク隆盛期の一つの成果といえよう。


別唐晶司『metalic』(新潮社)

 SF作家森下一仁さんの『現代SF最前線』(双葉社)でその存在を知って以来、探しつづけていた本。先日の古本屋ツアーで偶然見つけることができた。『メタリック』の評価を知りたかったため、WEBで検索を行ったところ、SF評論家冬樹蛉さんの評価があった。冬樹さんのSFオンラインでの評価は的を得た素晴らしいものだと思う。新潮新人賞受賞作家ということで、あまりSFファンからは注目されなかったのではないかと推測するのだが、もっと評価されてよいSFだと思う。冬樹さんの「九○年代日本SFの文脈にちゃんと位置づけられる先駆的なもの」という評価通りのSFだった。なぜこの本が絶版で入手困難なのか?と疑問に思う。

 「頭脳優秀な主人公は身体を憎悪していた。なぜなら生後より体のあらゆる部分を病魔に蝕まれ、優秀な脳を滅ぼそうと試みていたからだ。彼は身体を捨てて、無機的なものを偏愛し、無機的なるものと一体化することを望んでいた。医学部へ進学した彼は、寺原に出会い、彼に影響を及ぼす。奇妙な二人の友人関係はその後も続くが、ある日決定的ともいうべき悲劇が彼の身に降りかかる。彼の身体は末期癌に蝕まれており、余命幾許もないという。そんな状況に置かれた彼は「脳」だけの存在になって生きることを望んだのだ。」というのがあらすじ。

 脳だけの存在になった人間が外部入力デバイスなしでどのような状態になっているのかというテーマを取り上げた段階で、傑作であることは保証された。主人公の青年のトラウマとルサンチマンがどんどん肥大していき、最後にはブレードランナーさながらの脳の妄想世界が爆発する。主人公の青年が「メタリック」に成り得たのかはぜひ自分の目で確かめて欲しい。観察者である友人寺原と主人公の回想をオムニバスで進行させるうちに、物語の全容が明らかになっていく手法もこの物語に相応しいものだと思った。身体に憎悪された脳の悲劇を描いたSFであるといえよう。読了後、脳が身体に犯される感覚を強く感じた。専門知識に裏打ちされた点も物語にリアリティを与えてよかったと思う。

 ある方から出版当時の『メタリック』の評価についての情報を戴いた。当時のSFM年間ベスト5でも高く評価されていたそうだ。紙媒体で入手困難になってしまった本や雑誌の情報がもっと手軽に利用できるようになれば助かるのだが……。


ロジャー・ゼラズニイ『キャメロット最後の守護者』(ハヤカワ文庫SF)

 小・中・高とTRPGに親しんでいたぼくはある雑誌を購読していた。社会思想社から出版されていた<ウォーロック>という雑誌である。この雑誌に作家デビュー前の神月摩由璃がブックガイドを執筆していたのだ。そのブックガイドが後にまとまり、教養文庫から『SF&ファンタジーガイド<摩由璃の本棚>』という形で世に出た。当時小学生だったぼくはファンタジーが好きだった。そしてアーサー王伝説関連の本を図書館で借りては読んで、アーサー王伝説の世界の雅さに憧れたものだ。ところがこのガイドブックで紹介されていたロジャー・ゼラズニイ『キャメロット最後の守護者』にはなぜか出会えず、10余年の月日が過ぎた。大人になったぼくはファンタジーだけではなく色々なジャンルに手を出して読書を続けていた。そんなある日のこと、ぼくは本を整理していた。文庫本の山の上側にあった『キャメロット最後の守護者』。これも縁かと思い、手にとって読んでみた。

 実にいい短編集だった。ロジャー・ゼラズニイ本人がそれぞれの短編に解説をつけている。ゼラズニイのデビュー作である「受難劇」を含む16篇が収録されており、どれも質が高い。ゼラズニイの魅力でもある雅さがだんだんとあとのほうの短編に現れてくる。ゼラズニイが作家として円熟していく過程を自身の解説を交えながら読めるのが、興味深く面白い。SFマガジンにも再収録された「フロストとベータ」、ギリシャ神話をベースにした「復讐の女神」がずば抜けてよかった。他の短編にもゼラズニイの博識が如才なく発揮されている。併せて作家ゼラズニイがいかにして誕生したかも書かれているので、ゼラズニイファンの人は必読。でも現在入手困難なのが痛い。

 何度読み返しても思うのだが、「フロストとベータ」は名作だ。人類滅亡後、人工知能フロストが「人間」に興味を持ち、人間についての情報を収集し「人間」について知ろうとするという話なのだが、ラストのオチはいつ読んでも新鮮で素晴らしい。読んでいない人はぜひ読んで欲しい。「復讐の女神」はギリシャ神話をベースに、昔英雄だった男が法のもとでは犯罪者となり、3人の男たちに追われるという話。『地獄のハイウェイ』とは双対関係にある短編で、ゼラズニイの雅さがよく出ていた。人間のエゴによって滅ぼされる異種族を守ろうと奮戦する男の姿が実にかっこいい。他の短編も哀愁のような雰囲気が漂っていて、実に素晴らしい。ぜひ機会があれば手にとって読んで欲しい。才人ゼラズニイといわれた所以がわかると思う。ちなみに原題はOssian's Rideで、ケルト神話の英雄オシアンに由来したタイトルになっている。


フレット・ホイル『秘密国家ICE』(ハヤカワ文庫SF)

 天文学者として名を馳せたホイルの冒険小説仕立てのSF。ネタ的には危ない(笑)。北アイルランドではなくて、南部のアイルランドがICEとして独立した状態で、イギリス人の主人公がICEの謎を探るべく侵入するという話だからだ。御厨さと美のカバーイラストも実に雰囲気がでていて素晴らしい。内容は冒険小説仕立てのSFといえる。ホイルの筆力も作用して、ぐいぐいと読者をICEの世界へと引きつける。日本人作家で喩えれば、山田正紀作品と比較すると面白いと思う。伝統的なエスペナージ小説の筋に従いながら、ラストのSF的解決の部分は山田正紀の『ツングース特命隊』等の作品の雰囲気に似ている。

 「1970年の初夏、ケンブリッジ大学で数学を専攻する大学院生トーマス・シャーウッドはロンドンの秘密情報部から、アイルランド工業連合(ICE)の正体を探って欲しいという依頼をうける。世界各国のスパイ活動にも関わらずその全容は一向に明らかにされない。そんな秘密国家であったICEに興味を抱いていたシャーウッドは依頼を引き受けるのだが……。」というのがあらすじ。

 山田正紀ばりのエンターテイメントSFだった。誰を信用していいのかわからない状況、さまざまな場所に仕掛けられた罠、徹底的な警備体制を潜り抜けて行く主人公シャーウッドがいい。彼の人間的弱さや挫折感等もきちんと描かれていて、全能全知を尽くして罠を逃れたという緊迫感が味わえる。人物描写の点については申し分ない。アイディアも北アイルランド問題を抱えているイギリスだからこそのものであり、アイルランドの中に新たな国家をつくるというところにびっくりした。ICEの正体も驚くべきものであり、ぜひ自分の目で確かめてほしい。このラストがなければこの作品は冒険小説に分類されていたのだから。山田正紀等、冒険小説的な味付けのSFが好きな人にはオススメしたい。これまた入手が難しいの残念だ。


高橋克彦他『ゆきどまり』(祥伝社文庫)

 祥伝社から出た日本人作家ホラーアンソロジーの5冊目。「分身」をテーマとしたホラー短編集だった。「ゆきどまり」というタイトルは変な感じがした。タイトルのつけ方も考えたほうがいいと思う。個々の短編自体は読みやすく、怖かったものもあった。草上仁「誰かいる」、伏見健二「少女、去りし」の二篇は巧いし、怖い。しかし他の短編はあっといわせるパワーが不足していたように思う。ただ全体的に短編のレベルは高く、安定してオススメすることができるホラーアンソロジーだと思う。

 草上仁「誰かいる」は非常に怖い話だった。昔の恋人を徹底して無視する女性と死んだ元恋人の男性を描いた話。死んで亡霊だったと思われた元恋人の正体と妄想を抱いているように見えた女性の正体の両方にびっくりした。とにかく一読してほしい。インパクトがあって、非常に巧みなホラー短編だと思う。とにかく衝撃的な話だった。

 伏見健二「少女、去りし」はいいホラーだと思った。某神話をベースとした怪異譚なのだが、ラストのヴィジョンが非常に蟲惑的だった。もろくて壊れそうな美少女と異形の怪物のコントラスト。このコントラストこそが作品に華を添え、読者にヴィジュアルな側面で忘れられない印象を与えているように思えた。


筒井康隆『バブリング創世記』(徳間文庫)

 前衛的なブラックユーモアに満ちた短編集。言葉の形式にある魔力を感じた1冊だった。一番のお気に入りは「鍵」。角川ホラー文庫にも収録されている本短編は絶対読むべき怖いホラーだった。不条理系ホラーの傑作「死にかた」「三人娘」も収録されているので、併せて読むことをオススメしたい。筒井康隆の短編集(過去、筒井作品に裏切られたことがない。)の中でもクオリティが高い。書店にも置かれているので、ぜひ手にとってみてほしい。収録作品は9篇。うち「裏小倉」は『ヨコジュンの宇宙寄席』に収録されているため、言及しない。ハチャメチャSF「ヒノマル酒場」、社会パロディSF「廃塾令」、言語遊戯SF「発明後のパターン」、予測不能SF「案内人」が収録されている。うち「ヒノマル酒場」は筒井康隆の典型的なSF。好みではある。

 「バブリング創世記」の擬音の使い方に唖然とした。「ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンとドンタカタを生む(以下略)。」というように話が続く。ジャズの技法「バブリング」を聖書に応用したアヴァンギャルドな本短編は一読の価値はある。同じ第4章まで続くので、途中を抜かして読み終えても支障はない。まさにコロンブスの卵的アイディアに驚嘆した。

 「死にかた」は面白い。会社のオフィスに乱入してきた鬼がただ人を殺す話なのだが、殺されて行く人々の反応とそれを楽しむ鬼の両方の立場が楽しめる。オニはある法則性に従って人を殺すのだが、人々はなぜ殺されるのかわからないまま殺される。ブラックユーモアに満ちた短編なのだが、不条理さをネタにした短編の中ではトップレベルの出来だと思う。

 「鍵」は素晴らしい。「フリーライターのオレは「鍵」を見つける。前の家の鍵だった。そして自分の思い出につながった鍵が訪問先で次々と見つかる。最後の鍵は触れてはならない記憶につながった場所を空けるための鍵だったのだ。」というあらすじ。怖い、実に怖い。現実から乖離して行く感覚。これは幻想世界を放浪する感覚に近い。ぼくたちは鍵をよく利用する。ロッカーの鍵、家の鍵云々。その鍵が自分の記憶につながる「鍵」だったとしたら、あなたならばその鍵を使うだろうか?それとも?「パンドラの匣」を開ける前の気分であろうか。ぜひ一読をオススメする。

 「三人娘」は筒井康隆のブラックユーモアの凝縮した傑作。男の命令でまじめなサラリーマンをいじめる話なのだが、非常に陰湿。まじめな男が段々と狂って行く過程が気持ち悪い。これは『文学部唯野教授』でも講師に昇進できない助手の男が狂っていく過程にも応用されていて不気味だった。なんというか、狂っていく人間を書かせたら筒井康隆の右にでるものはいないと思う。擬音の使い方、台詞の使い方も天才的なうまさだと思う。



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