「反逆者ダミアンの公開処刑がパリの大広場で行なわれていた。その方法は極めて残虐な<四つ裂きの刑>―四肢にロープを巻きつけ、軍馬に曳かせる―であった。そんな興奮状態の群集の只中にサディストの語源にもなった若き日のサド侯爵がいた。サド侯爵はダミアンに科せられる拷問の光景に魅入りながら、数奇な自分の人生を振りかえったのだった。悪徳の師となった叔父のサド神父とドブルイユ母娘、肉体からの魂の解放を目的とした破戒同盟、狂気に陥ると異端の僧、普段は高潔なアンブレ師……。サド侯爵の数奇な人生がここに綴られる……。」
猟奇の鉄人Kashibaさんのご厚意により、交換していただいた本。貴重な本をお譲りくださり、ありがとうございました。SF者の間では有名な本ヴェルコールの『人獣裁判』(白水社)と勘違いする人もいるかもしれないが、本書は「人獣裁判」という言葉から得たインスピレーションを形にしたものだそうである。後書きで氏は「人獣裁判という言葉を、冒涜された気すらした」と述べられているように、ヴェルコールの本が自分の期待に反した本だったという不満もあったに違いない。
この作品は実にグロテスクかつ狂気がある。先日読み終えたサンドラ・ヴォ・アンなんか比べ物にならない。友成氏の流れるような文章が、ぼくを夢中にさせる。この作品の素晴らしいところは、人間の獣としての本性をさらけ出した点にあると思う。徹底した肉体への拷問という冒涜は結局のところ「人間は「肉」の部品を持つ機械であるというド・ラメトリの『人間機械論』(邦訳は岩波文庫)の確認にすぎない。拷問により生けるロボットとされた人々、フリークスに改造された人々等、狂気の産物だけでは説明できない。K・W・ジーターの問題作『ドクター・アダー』(ハヤカワ文庫SF)やキャサリン・ダンの『異形の愛』(ペヨトル工房)などの作品にも「自らフリークスになった(あるいはそう生まれた)人々」と本書を読み比べるのも面白い。我々の意識の奥底にある人間の残酷な本性をイメージの形で作品とした友成氏はすごいと思った。傑作。
キャンベル記念賞受賞作品。SFのアイディアがぎっしりと詰めこまれ、読者を楽しませるSFだった。イーガンのデビュー作である『宇宙消失』(創元SF文庫)はわかりやすいハードSFだったが、本作品は想像力をフルに活用しないと作品世界を楽しめない。『順列都市』におけるキーワードは「不死性」「電脳空間」「セル・オートマトン」「コピー」「人工生命」「シュミレーション」等である。この作品の魅力はオートヴァースという人為的に整えられた電脳世界のエンティティにあると思う。ある意味この『順列都市』は、エドモンド・ハミルトンの傑作短編「フェッセンデンの宇宙」の進化版であるといえよう。ただコピーされた自分の意識が果たして肉体的に生きている自分の意識であるのか、それは別物であるのか色々と考えさせられた。イーガンは数学出身のSF作家とのことで、オートヴァースの位相等どのような設定をしたのか、興味深い。
「舞台は21世紀半ば。人間の記憶や人格をコンピューターにダウンロードし、電脳空間に保存することが可能になった。2045年のある日、さえない中年男ポール・ダラムは目覚めると自分が<コピー>であることを認識する。コピー体は自らがシュミレーションのために生み出されたことを思い出す。すなわちこの実験は環境変数を変えることで、シュミレーション内の<コピー>の意識にどんな影響を与えるかを調査することにあった。そんな中、気鋭のソフトウェアデザイナー、主人公マリアはオートヴァースと呼ばれる電脳空間で生命を進化させるという趣味的な研究に没頭していた。マリアは偶然にもオートヴァース内の人工生命に突然変異を与えることに成功する。そんな結果を知ってか、マリアにポール・ダラムが仕事を依頼する。オートヴァース内の惑星ひとつと、高次の生命形態に進化しうる原始有機体を設計してほしいという壮大な計画だった。果たしてダラムの真の目的とは?」というのがあらすじ。
SF的アイディアが(フォン・ノイマンのセル・オートマトン、順列組み合わせ、人工生命、電脳空間、塵理論、確率論、進化ゲーム、チューリング・マシン等)たくさん詰めこまれてうまく結合している点ではストーリーが一本調子の『宇宙消失』を越えているように思う。物語の導入部である前半部がかったるいのだが、後半への橋渡しと考えれば仕方がない。逆にいうと前半部分はなくてもいい物語でしょうか。やや用語が難解なので、語注があれば非常に便利だったかも。山岸真氏の翻訳は非常にわかりやすく丁寧で、イーガンの魅力を引き出すことに成功していると思う。翻訳者の苦労のほどが伺える。下巻がむちゃくちゃ面白いので、上巻でかったるいと思って読むのをやめるのはもったいない。人工生命や電脳空間のSFの新たな可能性を感じさせたSFだった。オススメの1冊。
戦後日本のSF界をリードしたSFマガジン初代編集長福島正実氏の短編集。福島氏の作品を読むのは今回が初めてなのだが、ペーソス色の濃い短編が多く、暗い気分にさせられた。SFのお手本のような短編も多く、当時のSF界の流れを知るための資料として読む価値はある。人種差別をテーマとした「J・J・J」、当時のSF界の空気を伝える「SFの夜」の二篇は印象に残った。前者は日本人と白人がマイナリティになって虐げられる話。福島氏の思想がSFに色濃く出ていて、辟易した。タイトルは有名な白人至上主義団体のパロディである。「SFの夜」は当時福島正実氏がいかに孤立していたかがわかる短編で、そんな状況をパロディにしてしまった福島氏の鬱憤が伝わってくるような気がした。他の短編もコメントをつけようと思ったが、あまり印象に残っていないので特に読む価値はないということだろう。SFホラー短編集として読むと意外な発見があるかもしれません。
「自動車磨きの仕事で生計をたてていた主人公の中にいる<彼>が血を渇望する。ある日その衝動でどうしようもなくなった主人公は娼婦を誘い、惨殺する。吸血鬼として血を飲むことに失敗した彼は第二の生贄を探すべく、獲物を物色するのだが……」というのがあらすじ。
金子国義の装丁がいい感じの本だ。帯にあったホラー研究家風間賢二氏の帯の推薦文「フランス版スプラッターパンクの傑作」を見て購入。20代のうら若き女性がスプラッタを書くことにびっくりしたが、友成純一と比較してしまうと物足りなさがある。サイコ・トラウマ系ホラーであり、あっと驚かされる目新しさはない。ただスプラッターパンクやこの手の話に慣れていない読者にはショッキングな1冊であることは間違いない。凌辱シーンは粘着質的ところがあり、男性のスプラッタホラーにはないいやらしさはある。まだ『私の中から出てって』(講談社)を読んでいないので評価を下せないが、女性鬼畜系ホラー作家としては注目すべき新人であることは間違いはない。
戦後の日本SFに多大な影響を与えた海野十三の短編集。Zero-CONで柴野先生・伊藤先生・野田大元帥の鼎談で海野十三の短編が話題になっていて、読みたくなったのだ。たまたま家にあったので、すぐに読んでみた。振動音楽を浴びせることにより、勤勉な人間を作り出すという洗脳SF「十八時の音楽浴」は凄かった。物語の後半がやや蛇足ではあるが、振動という点に注目して新しいSFのアイディアを提示することに成功していると思う。さらに「生きている腸」も怪奇色の強いSFだった。オチはギャフン度高し。普通腸の元所有者が処女で、その腸が実験者の男に惚れてしまい、嬉しさのあまり男の首に巻き付いて、絞め殺したというオチは考えつかないでしょう。だから怪奇色が強いという感じでしょうね。この短編集はマッドサイエンティストを扱った作品が多く、短編全体としてそれなりによくまとまっているように思える。当時の状況などと併せて考慮すれば、国産SFの育ての親といっても過言ではないと思う。
現在海野十三の作品の一部は青空文庫で読むことができる。日本SFの隆盛期の基礎作りをした著者の作風はアイディア重視型であった。人物描写等には難点があるが、アイディアの点では決して今読んでも古びていない。むしろ新鮮な感じがする。機会があれば他の作品も読んでみたい。
1997年度英国推理作家協会賞受賞作品。久々に暗黒小説を読んだ。突然暗黒小説が読みたくなり小太郎さんのページを参照してこの本の存在を知る。小太郎さんのオススメ通り、期待通りクオリティの高い1冊だった。この作品の魅力はイギリスのマンチェスターの退廃的な雰囲気にある。「主人公ジェイクは仲間と共にケチなチンピラ稼業をやっていた。彼はバイセクシャルで、友人ジョニーとゲイハードポルノを売っていた。ところがある日、近くにある少年院で恐るべき光景を目にする。看守たちが少年に性的行為を強要し、その様子をビデオに撮っていたのだ。そんな状況が許せなかった彼らは、ある警官宅にビデオを持っていくのだが……。」
意外な人物が犯人で、びっくりした。もったいないと思ったのは、ジェイクを迎えにきたグリーン警部が目だった活躍をしていない点。ジェイクの物語であるので、古いタイプの警官であるグリーン警部が活躍できないのは仕方がないとは思うのだが、ちょっともったいないような気がする。主人公ジェイクも性格的にはあまりはっきりしていないので、人物描写よりもむしろ退廃したマンチェスターの雰囲気に重点が置かれているように思う。物語の背後に流れる暗黒を楽しむための1冊だ。書誌情報はこちら。
第123回直木賞受賞作。シンプルなタイトルからは想像しにくい内容だった。ネットでの評判も高く、読んでみたいと思っていた。面白い。在日朝鮮人の高校生の主人公と日本人高校生との淡い恋のお話。<在日朝鮮人>の心情を要所要所にちりばめながら、読者を世界に引き込むことに成功している。主人公と彼女との心の交流はとても新鮮だ。自分たちの手で自分たちのものを手に入れるという彼らの姿は、青春時代にしか味わえないものだ。心の交流を続け、お互いがすべてを受け入れる直前に主人公が真実を彼女に告白する。戸惑う彼女の姿の描写を見て、なぜ人間は生まれた国で差別されなければならないのだろうかと思った。この瞬間から嫌な女だと思ったのだが、ラストを読んですべては許された。このラストだからこそいいのだ。彼らは大人の一歩を踏み出し、自立した人間として選択したのだから。女の子が「濡れる」っていうものなのか?かなり疑問なり。村上春樹テイストの文章で、今後の作品にも期待したい。bk1での書誌情報はこちら。
これこそノワールといった感じの作品。リチャード・スタークというのはドナルド・E・ウェストレイクの別ペンネーム。この名義で悪党パーカーシリーズを書いているので、探すのが大変。小鷹信光氏の訳文が滑らかでさくさく読めた。妻と友人に裏切られた主人公のパーカーが妻と友人に復讐するというリベンジものだ。パーカー、本当に性格が悪い。パーカーと比較すると面白いと思うのが、アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』(ハヤカワSF文庫)の主人公ガリヴァ・フォイルだ。パーカーとフォイルはものすごくキャラ的に重なるので、パーカーをフォイルと読み替えて読むと別の楽しみ方ができる。SF読みでなくても、安心して薦めることができる作品。特にリベンジ物が好きな人には強くオススメしたい(笑)。書誌情報はこちら。現在はメル・ギブソンの表紙だ。
翻訳家になろうとする人なら一度は読んでおきたい本。小鷹氏がどのようにして翻訳家になり、翻訳の仕事をこなしていったのかという部分がしっかりとかかれている。特に収入等実用面のデータが充実しており、非常に便利だ。さらに英語をいかに日本語として通用する言いまわしにするかなどの翻訳のテクニック等参考になった。
ホラー的には不満が残った。文章的にも内容的にも面白かったのだが、ある存在を出してしまったときにそれまでのクオリティの高さが失われてしまった。ノンストップでぐいぐい読ませる筆力はある。メインキャラクターたちの心理面での緊張感の点で読むことはオススメしたいが、後半3分の1に入ってから陳腐化した。3分の2までが緊迫感に溢れていて恐かったのだが、レイミの正体や謎の人物たちが明らかになるにつれてクトゥルー神話(笑)になってしまう。確かにレイミの存在証明にこのネタを使うのは正しいんだけど、ラストで紫乃が改心して、天使に組するところとか、黒天使を出したことが大いなるマイナス。徹底して邪悪なホラーにして欲しかったなぁ。読んで損はないです、はい。今後も戸梶作品は読みたいと思います。書誌情報はこちら。鬼畜な描写はきっちり書いているので、合格でしょう。
強大な権力を持つ黄武神皇に故郷を征服された流民たちが集まる<灰かぶり市>。この町で少年戌児は馬奴とよばれる獣の世話係として働いていた。そんなある日、黄武神皇の軍隊が<灰かぶり市>を壊滅させた。愛する人々を失った戌児たちは、黄武神皇の打倒を誓う。神秘の力で守られている神皇に近づく手段はただ一つ。馬奴を駆使した過酷な大陸横断レースを完走しなければならなかったのだ。いまここに命がけの決死行が始まる…。
『偏執の芳香』等のホラー作品を昨今精力的に発表している牧野修の長編デビュー作の本書は少年戌児の数奇な運命を描いた異世界ファンタジー。そんな世界の物語は、国士無双の女戦士鉄輪、誇り高き敵役蒼馬など、個性的な登場人物たちとも相まって魅力的に仕上がっている。また本書は『MOUSE』などの作品とは一味違う夢と現実のはざまの物語を楽しめることだろう。久美沙織の作品解説も的を得ていて、面白い。小菅久実のイラストにも注目!書誌情報はこちら。
バイオハザード系電波ホラーSF。作者の樋口明雄は『超怖い話』等で有名。本作品はそんな作者の魅力がふんだんに散りばめられていた。この作品の存在を知ったのはKAWADE夢ムック「最恐ホラー・ナビ2000(日本篇)」だった。ノベルズであったことを知らず、ハードカバーのコーナーを探していたのだが、偶然ある古本屋のノベルズの棚で見かけ即購入した。新薬イルシオンを投与された麻名子が段々と人間から爬虫類的に変容していく様が不気味だ。
視床下部に存在するというセルズニック腺という空想上の器官をうまく利用し、バイオハザートホラーに挑んだ点は評価できる。人間から進化していく過程が、昔のB級ホラーテイストでいい。瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』との類似点も見られ、両作品を比較するのも面白い。人里離れた巨大ホテルを舞台に、変容した麻名子に操られて殺されて行く人々の姿はまさにB級ホラー映画。最低である(笑)。もう一つの見所は主人公牧とその妻が愛の絆を深めていく様が感動的。倦怠期に入っていた夫婦が化け物のおかげで絆を回復するという黄金パターンを見事に演出しており、ぐいぐいと読ませる。昔ならば十分SFホラーとして分類されていたはず。現在入手困難なのが残念だ。
この本を復刊した幻冬舎はすごい(誉め言葉)。非常に後味の悪いホラーだった。こんな話を考える作者はまさに鬼畜。本作品は変なショートショート集も収録されていて、元版よりもパワーアップしたお買い得の1冊である。「地獄と現実の境界がなくなり、ある日突然地獄の鬼たちが地上に出現する。今まで亡者たちを相手に地獄の責め苦を与えていた鬼たちは状況を理解できず、地獄で行っていた仕事をとりあえず試みる。しかしナンだか様子がおかしい。地獄では復活したはずの人間たちがすぐに死んでしまうのだ。なんの理由も与えられずに殺されていく人間たち……。」
生理的な嫌悪感を刺激されてしまった。人間性を徹底的に失わしめ、ひたすら肉と血と汚物を書くことに専念しているので、心臓が弱い人には薦められないでしょう。人間はただの肉の塊であり、セックスに支配されているというメッセージが作品中から感じられる。ラストにおける死者の百鬼夜行と亡者たちの融合(腐った死体)は壮絶怪奇。鬼畜版『ブラット・ミュージック』であった。12本のショートショート集も色々なスプラッタ・エロ数奇譚が入っている。SF的なオチもあれば、鳥肌が立つような気持ち悪さのある作品もあった。濃硫酸浣腸って……。うう、恐ろしい。友成氏の著者あとがきはいつも面白いなぁ。今後もたくさん新作を発表して欲しい。書誌情報はこちら。
山田正紀のノンストップホラー。早い人ならば1時間以内で読めてしまうほど、分量もない。さくさく読めてしまった。ジャンボ機墜落現場の応援に駆けつけた男顔負けの7人の女性看護婦たちが出会った異形の怪物たちとの遭遇と闘いを軽快な筆で描く。7人の看護婦が強すぎる(笑)。たぶん7人の侍をイメージしているように思えるのだが、どうだろうか?印象に残ったのは、倉阪鬼一郎『屍船』(徳間書店)の屍船に対抗した屍ジェット機の描写。これまた脳漿や膿、血にまみれたイメージがあって気持ち悪い。ストーリー展開が早すぎて、物足りなさが残る。その点は残念なのだが、クーンツばりのノンストップホラーの快作として安心して読める1冊だった。書誌情報はこちら。
愛・蔵太さんの紹介が面白そうだったので、購入して読んでみた。鎌田敏夫の作品は初めてだが、リーダビリティが高く、ぼく自身飽きずに読むことが出来た。ミステリ仕立のホラーで、だんだんと謎が解明されていく。文章やプロットの立て方が巧いので、あっという間に物語が終わってしまったという感じだ。
長い黒髪をぬらし、汚れた着物姿で山道を歩いていた主人公小夜子を誠実そうな警官が助けてくれた。警官によれば彼女は死んだ人間で、現世に怨みを残して死んだ人間たちの亡霊だという。生きている人間の後ろに立つと、彼女の怨みがその人間の怨みの中に入ってしまうという。そして死んだ霊についても同様だという。警官は「誰かに後ろに立たれるな」と忠告する。現世に戻った小夜子は電車に乗ろうとした若い女の後ろに偶然立ってしまう。彼女はその若い女性の心の中に取り込まれることになるのだが……。果たして彼女を殺した人間の正体は?
小夜子に憑依された女性が、突如ピアノを弾き始める。そのピアノの弾き方が実にある女性に似ているという。そこから事件の解決につながり、もう一つの怨みが明かになる。この怨みの使い方が実に見事だと思うのだが、いかがだろうか?オススメの1冊。書誌情報はこちら。
松本清張賞受賞作家の初の書き下ろし短編集。解説・東雅夫の帯に惹かれて購入した。最近読んだホラー短編集の中で最もクォリティが高く、幻想的で素晴らしい本だった。東雅夫編集長の解説によれば、人間の五感をモチーフにした短編趣向であるという。確かに収録されている5つの短編はすべて女性に関するものであり、生と死の狭間に戸惑う人々の姿に恐怖を感じる。女性にあるハレとケを泉鏡花のような筆致で描いている。全体的に、日本の古きホラーの味がする。怪奇幻想譚という言葉がぴったりの短編集だ。
「臨月」は嗅覚。妊娠した女性が待合室で出会った女性の話す驚愕の事実。幽霊譚の中でも現実にあり得そうな話なので、恐ろしい。もしかすると産婦人科の待合室には彼女のような恐ろしい体験をしてしまった人も……?「眼球譚」は視覚。医療実験の末、奇形になった子供と最愛の妻を同時に失ってしまった男のお話。子供の貪欲な要求の恐ろしさを感じさせる。「まどろむ夢」は聴覚。一人の女性を巡る男たちの争いの末、遺伝していく女性遺伝子。この話は生理的に気持ち悪い。「聖痕」は触覚。似たような話を読んだような気がするのだが、ぼく自身は読後、清清しさが残った。恐いというよりも、一つの愛の形を感じることができたのがよかった。「桜の木の下で」は味覚。ぼく自身はこの短編がツボ。映像化して欲しいと思ったほど、鮮烈なイメージだった。このラストがこの短編集を見事に引き締めていると思う。話自体はどうってこともない話なのだが、主人公の主婦が取った行動に共感した。ぜひ読んで欲しい短編集だ。書誌情報はこちら。
猥雑な生命力に満ち溢れた奇妙な味わいの長編だった。『時間都市』等過去のバラードの作品を読み終えたとき、ぼくは無機的な美の美しさを堪能していたのだが、『夢幻会社』を読み終えたときはまったく正反対の気分になった。母なる大地に包み込まれる感覚に襲われたのだ。この作品は過去のバラードの作品とはかなり作風が異なり、非常にびっくりした。『夢幻会社』では、『死亡した宇宙飛行士』等で見られる「飛翔への憧れ」が生き生きと描かれている。「飛行の夢に撮りつかれた男がセスナ機で飛翔の夢をかなえる。ところがセスナ機は墜落し、男は重傷を負う。事故後、彼は「力」を得、シェパトンの街に奇跡をもたらす。男は自らの幻覚をそのまま街に投影し、シェパトンを作り変えて行ったのだった……。」
有機的で猥雑なイメージに溢れた作品だが、テーマとしては内に秘められた願望の達成にある。主人公ブレイクが精液を撒き散らして、街を熱帯植物や動物で埋めていくシーンはギリシャのバッカス神のイメージが重なる。バラードは生命力を描くことによって、この作品で新たな地平に到達した。バラードの作品の中でも1・2を争う完成度の高い作品だと思う。書誌情報はこちら。
品切れウェストレイクの1冊。ウェストレイクは今の所はずれがない。安心して読むことができた。城を丸ごと盗むというとんでもない計画をフランス・ドイツ・イギリス・イタリアの泥棒連中が成し遂げるというお話。ウェストレイクの「ドタバタさ」が楽しめた。もちろん私益で動いている連中だから、お宝を発見したとたん豹変するあたりが現実的で笑える。よくもまあこんな変な連中を束ねてお宝を盗めたものだと感心する。誰も死なない(怪我をしない)ところに味があっていい。言葉の壁でコミュニケーションに困るところに爆笑。彼らの別の活躍譚をぜひ読みたいと思った。
多少説教くさいところが見られるが、そのことを差し引けば、十分楽しめる寓話ファンタジーだった。イラストと帯(「世界は美しくなんかない」)に惹かれて購入。言葉を話すバイク”ヘルメス”に乗った拳銃使いキノが世界を回るお話。「人の痛みがわかる国」「多数決の国」「レールの上の三人の男」「コロシアム」「大人の国」「平和の国」に立ち寄ったキノが出会った人たちから語られる事実。ルールや慣習がだんだんと変化し、取り返しのつかない結果になってしまった世界の姿に憐れみを感じる。拳銃使いキノよりもむしろ、キノが出会った人々の正直な気持ちこそがこの作品からのメッセージなのだと思う。浅暮三文氏の『ダブ(エ)ストン街道』(講談社)と比較して読むと面白いのではないかと思う。YA系のお話の中でもメッセージ性が強く、好感が持てた。書誌情報はこちら。
中継ステーション管理人の地球人が宇宙人からお土産をもらう話……っていったら身も蓋もないのだが、本当にそんな話なので仕方がない。「主人公イノックは地球の中継ステーションの管理人。長い間彼は中継ステーションの管理の仕事に携わっていた。何十年も容貌が変化しないイノックは近所から孤立し、中継ステーションのことを秘匿していた。ところがある日、旅先で死んで地球に埋葬された宇宙人の死体が暴かれてしまったことをイノックは宇宙人上司より告げられる。上司の宇宙人によれば最悪中継ステーションの閉鎖もありえるという。イノックはステーションの閉鎖を回避すべく、苦闘するのだが……。」というのがあらすじ。
シマックの性格がそのまま出ている作品だと思った。すなわちこの作品には「やさしさ」がある。『中継ステーション』は印象に残るシーンは少ないが、胸の奥からこみ上げてくる感動がいい。宇宙人とのやり取りや、宇宙人からもらったお土産を整理して用途を考えるイノックの姿がいじらしい。ウィスコンシン州の田舎に佇む中継ステーションは永遠に読者の心の中に刻まれることだろう。ヒューゴー賞の栄誉に輝いた理由もよくわかる。この作品が現在入手困難なのが残念である。ぜひ古本屋等で見かけたら手にとって読んで欲しい。
先日綱島のブックオフで新装版カバーをゲットしたのを機に読むことにした。『惑星カレスの魔女』(創元SF文庫)等で有名なシュミッツの長編SF。シュミッツの日本での知名度はイマイチで、マイナーさは否めない。現在『惑星カレスの魔女』以外の本は入手困難であるというのが残念である。この『悪鬼の種族』も現在品切れ中で入手困難なのだが、なかなか面白い冒険活劇SFだった。最近未読の白背を中心に読んでいるのだが、もっと再評価されていい作品も多いと思った。このシュミッツの長編もSFを読み始めたいという人に安心して薦められる1冊だと思った。クリムド調の佐藤道明のイラストも雰囲気が出ていて、楽しめた。
「遥か未来、人類は宇宙に進出し、一大帝国を築いていた。そんな人類帝国の辺境の惑星ナンディ=クラインで秘密裏に宇宙人による侵略計画が進められていた。かつて人類に戦いを挑んで敗北した恐るべき敵パラファン族がナンディ=クラインで諜報活動をしていたのだ。ナンディ=クラインの生態調査をしていたティコス博士は拉致され、拷問を受けていたのだ。ティコス博士からの連絡が途絶えたのを心配したナイル博士は単身調査に乗り出すのだが……。」というあらすじ。
地球人異性人の間の腹の探り合いに、ハラハラドキドキした。異性人は地球人の思考について色々と調査して対抗策を練ろうとするのだが、ティコス博士のブラフがいつばれるかひやひやさせられる。この水面下の戦いの部分が素晴らしいのだが、物語をさらに面白くしているのはヴァンスを彷彿させる異世界描写にある。惑星ナンディ=クラインの奇妙な生態系の描写は生々しく、読者の想像力を刺激する。さらにナイルをサポートする知性化したカワウソがなかなか小生意気。ナイルとカワウソのコンビの活躍も読みどころの一つ。スペオペが流行している今日なら受け入れられる本だと思うのだが、如何?
読むきっかけはu-kiさんのここ。所々の日本描写は正確なのだが、本筋が変なので奇妙な並行世界SFに仕上がっている。よくもまあこんな話を考えたものだと感心してしまった。強引な設定、間違った日本像等総合的に判断すると、ここまでお馬鹿なSFに仕立て上げることに成功したS・P・ソムトウはすさまじい。訳文も今まで読んだ冬川訳の中では最もよく冴えていて、ぼく自身、かなりツボでした。
「世界に壊滅的な破壊をもたらした戦争から21年後、人類ははじめてクジラとのファースト・コンタクトに成功する。日本からハワイに特命で向かっていたイシダ・リョーコにクジラが語りかけてきたのだ。クジラが彼女に伝えたメッセージは日本人の命運を握るものだった……。」というあらすじ。
悪の大臣タカハシ(そういえばJMでも悪役はタカハシだったが)のメメント・モリの妄想がすごすぎる。クジラから伝えられたメッセージがきっかけなのだが、いくらなんでもこれはと思うアイディアだった。クジラは日本人の祖先なんですか!先祖殺しの罪のために自殺しないといけないのか!みたいな。この点はともかく、悪の大臣タカハシがすんなり改心してしまったのは、ハイクの力だとはいえ脱力してしまった。なんというか昔出ていたパソコンゲームを思い出してしまった。一応捕鯨に対する批判のメッセージも込められているみたいなのだが、そんなメッセージ性も吹き飛ばすようなお馬鹿な設定と間違った日本像によって、変な作品になってしまったみたいだ。とりあえず復刊されることはまずないので、古本屋で見かけたら読んでみることをお勧めする。ぼく個人としてはすごく楽しめました。