『模造世界』感想めも


 ダニエル・F・ガロイ『模造世界』(創元SF文庫)読了。映画化をきっかけに、36年ぶりに訳された本です。エメリッヒ監督による映画化画像もぜひ見てみたいと思いました。36年前にこの傑作が出版されてアメリカでは読まれていたわけで、SFにはまだまだ忘れ去られてしまった作家の作品がたくさん埋もれているんだなと思いました。ぼく自身ガロイという作家についてはまったく知りませんでしたが、これほど楽しめるとは予想外でした。岡嶋二人『クラインの壷』やディックの『死の迷路』の読後感とは一味ちがう感覚を味わえたのは至福のひとときでした。

 リアクションズ社の天才博士フラーは、電子的なバーチャルリアリティの世界を構築し、そこに仮想的人格を持たされた人々を居住させる社会環境シミュレーターのシステムを開発することに成功した。この装置は人々の欲求を調べ上げるために行われてきた世論調査を不要にする画期的な装置であった。この装置はさらに、仮想人格をもった人格と電子的に結合することによって、シミュレーターのバーチャルリアリティの世界を体験することを可能にしたのだった。だがこの装置の完成を目前として、生みの親である天才フラー博士が不可解な事故死を遂げる。彼は高圧線にぶつかったのだ。仕事を引き継ぐことになった主人公に、保安主任であるモートン・リンチが「フラーの死は事故ではない」と密かに告げる。その直後、彼の姿は突然消えた。この不可解な現象に付け加えて、リンチの存在自体、そもそもなかったと他の人々の証言から明かになる。果たして、装置の秘密とは?

 バーチャルリアリティや仮想現実の物語はSF作品のネタとして数多くあれど、これほど娯楽性が高く、面白い物語は久々に読んだ気がします。仮想現実ものといえばP・K・ディックが好んで利用したネタですが、ディックとは一味も違いました。実は○○な話なんですが、この○○の部分には結構びっくりしました。なんとなくは感じてはいたのですが、改めて考えてみると非常に嫌な気分になれます。エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」がまず脳裏に浮かびました。こういうことを考え始めると、とても堪らないです。でも人間誰でも一回は感じることではあるでしょうが。

 全体的な構造部分以外でも、官僚的なやり取りや野心的なビジネスマンとの会話なんかは企業の泥臭さがにじみ出ていて、物語をミステリ風にすることに成功していると思います。主人公が疑問を感じて壊れていく様とか、疑心暗鬼になっていく様など、現実がだんだんと歪んでいく感じがリアルで不気味でした。忘れてはいけないのは、主人公とフラーの娘ジンクスとの愛です。この愛の部分も当初はぎこちなかったものの、物語が進行していくうちにそのぎこちなさが明かになってきます。これは実は○○を愛してしまった○○○○だった!というネタなんですが、このネタがさりげなくマトリックス(映画)していてよいです。もしかするとマトリックスもこのガロイのお話を取り入れていたのかもしれません。つまり「自我」とは何?という問題に帰着することになるわけですが、この問題をガロイはシミュレーターの仮想現実という道具を用いてうまく提示して、処理することに成功したのではないかと思います。

 ガロイという作家が今後日本でもどんどん紹介されることを切にやみません。それは他に埋もれてしまった作家陣についても同様ですが。