『光と闇の姉妹』 |
イラスト:加藤洋之&後藤啓介長いこと、<谷>では女の子の出生は、あまり歓迎されていなかった。この大陸に父系制部族が海を越えてきて、男たちを殺し、島を支配した戦争以来、<谷>では女が過剰になっていた。その結果女性の地位は著しく低下し、女の赤ん坊は山へ捨てられたりして、運命は女性にとって悪い方向へと向かっていた。しかしながら、ごく早くのうちから、幾人かの女性たちが、残酷にも捨てられた女の子たちを山腹から拾い上げて、命を救い、小さな郷と呼ばれる世界で彼女らを育てていた。郷に住む彼女らはアルタ教徒と呼ばれ、教母と中心としてアルタと呼ばれる女神を崇めて、『光の書』と呼ばれる女神の言葉を記憶することによって、思春期に達したときに、自分の闇の妹、影の魂を呼び出すすべを学んでいった。いったん彼女(影の妹)らを呼び出せば、明かりがあるときには必ず出現し、自分とともに人生を歩むのであった。 そしてここにひとつの予言がある。それは三人の母を持つ白い髪の少女が生まれ、彼女のせいで、その三人は死ぬというものであった。そして、この少女、すなわち白い赤子は戦士の女王−女神となり、アンナと呼ばれるであろうとされた。彼女はその過程で、牡牛、猟犬、熊、猫を征服し、古き時代の終わりと新たな時代の始まりを告げる者となるであろうとされた。海の向こうから征服してきた民は、この予言を自らの統治を脅かすものとして恐れ、地元の被征服民を混乱させるために、彼らの戦士のリーダーをそれぞれ、予言の名前を付けたのだ。
ある時、<谷>の農夫の妻が、白い髪と黒い目と、不思議な力を持つと思われる子どもを産んで亡くなったときから、この書は開かれる。妻を亡くした悲しみに打ちひしがれた農夫は、産婆に頼んで赤子を捨ててもらうように頼んだのである。産婆はそれならばと、セルデンの郷へと赤子を連れていこうとした。ところが不幸なことに産婆は山猫に襲われて殺され、その山猫もセルデン郷の戦士セルナと闇の妹マージョに殺された。この二人は子どもを育てたことがなく、この姉妹は子どもを育てたことがなく、諍いとなり、セルナは追放され、ある場所で彼女はよこしまな気持ちを持った男に喉をかききられ、殺された。そしてまた闇の妹も後を追うように亡くなった。この不思議な白い赤子のせいで、3人の母がすべて亡くなったことになる。その子ども、ジョ=アン=エンナつまりジェンナは、セルデン郷全体に育てられた。女司祭であるアルタ教母が、この子どもこそが予言を成就するものと考え、そう望んでいたのである。そして、少女ジェンナは教母を除く郷全体の人々に愛されていたが、ある日彼女が自分の道を選択する時に、彼女は女司祭ではなく狩人/戦士の道を選ぶことになった。そして、派遣の年が訪れ、彼女は親友のバイントらと旅に出るが彼女に待ち受ける未来は過酷なものであったのである……。
1988年に書かれた作品で、1991年に日本語に翻訳されています。本作品は続編『白い女神』とセットになった作品で、本作品は1989年度のネビュラ賞の最終候補に残った力作です。最近、第3部が出たという話があり、確認している所ですが、単独でも十分楽しめる一冊になっています。カバーイラストは幻想的で、繊細な女性を描くのに定評のある加藤洋之&後藤啓介画伯です。カーテンのようなヴェールに包まれた二人の光と闇の姉妹が繊細なタッチで描かれており、一見の価値ありです。
著者ジェイン・ヨーレンは1939年、ニューヨーク生まれ。スミス・カレッジ卒業後、ゴールド・メダル・ブックス社やアルフレッド・A・クノップ社などの児童物の編集者として勤めた後、1963年、24歳の時にはすでに本格的な作家活動にはいっていました。普通小説、ノンフィクション、詩など幅広い分野にわたって60冊以上の本を書いているとのことで、中でもファンタジー・児童書が圧倒的に多く、現代のアンデルセンと呼ばれるほど、その作風はリリカルで、非常に設定のきちんとしたファンタジーも書く、守備範囲の広い作家の一人だといえます。日本では人魚と孤独な少女の交流を描いた『水晶の涙』(早川文庫FT)、夢を紡ぐ夢織り女を描いた『夢織り女』(早川文庫FT)、海でおぼれた少女と海の魔女とのかけひきを描いた『三つの魔法』(早川文庫FT)が早川書房から出ています。そして、本作品の続きとして成長したジェンナが伝説の成就へ向けて一歩を踏み出す『白い女神』(早川文庫FT)があります。
まずこの作品を読んでいて驚いたのは、その構成でした。本当の物語である<物語の段階>と民衆の伝承の中で無意識の中で形成された<説話の段階>、別の意識や視点から説話から高められた<神話の段階>、そしてこの文明を発見した後世の歴史学者による考証などを含む<歴史の段階>という4つの異なる段階によって物語が形成されているということでしょう。この試みによって、推測ではありますが、民間伝承の形成について著者ヨーレンは新たな手法を持って、この物語を描いたのでしょう。そしてそれをさらに補完する形として、巻末に楽譜をつけて、視覚ではなく、耳による伝承という点を強調されています。こういう試みはたぶん、あまりなかったと思いますが、実にこの構成がぴりりと山椒の実のようにきいてきているような気がします。
物語も、女神として後に崇められるといわれているある一人の少女、ジェンナが成長していく過程が美しい文体で描かれています。母系制が支配するという少々フェミニズム的な設定ではありますが、この設定こそが実に美しい魂を描くファンタジーになっているのではないかと思います。自分は神でも特別でもないのに、なぜという心の葛藤と予言を着実に成就していく彼女の心の動きと、男性という存在を知らなかった少女が、少年と出会い、そしてお互いに心惹かれ、結ばれていくという形は実に美しく、感動的でもあります。そしてその反面、男性によって女性のユートピアであった郷が、ジェンナが起こした出来事によって、滅ぼされていくという悲劇的な点は、後の大いなる新生へ向けてへの伏線であるからこそ、読者は彼女の文体とストーリー展開へと引き込まれていくのではないかと思いました。残念なことに本書も品切れですので、地道に古本屋を当たられるといいかもしれません。