『太陽の炎』


イラスト:ひろき真冬

アラビア電脳ハードボイルド第2弾!

あらすじ

 陰謀うずまく近代未来アラブの犯罪都市ブーダイーン。『重力が衰えるとき』で殺人事件を解決した、俺ことマリードは逆に街の嫌われ者になってしまった。なぜなら、その解決方法がちょっと特殊だったことで、恋人の半玉のヤースミーンも、街の皆も冷たい視線でおれを見る。またこの街の支配者、パパが俺をやとって、何を考えているのか知らないが、一番虫ずの走る”パパの雇われ警察官”になってしまった。さらに冷たい視線が俺に浴びせられるのを感じながら、故郷アルジェにおふくろに会いに半ハジのサイイドと共に出かけ、おふくろとうれしくない再会をして、ブーダイーンに戻るとまたパパの屋敷でなにやら穏やかならぬ雰囲気が漂っている。

 どうやらある一人の女性とその子供がパパの心痛のようらしい。俺はパパから女と息子について調査して、排除するように命令され、そのために警察署で仕事しなきゃならなくなった。俺はそこで新しいパートナー、シャクナヒーと一緒に仕事をする羽目になってしまった。その間にもパパは俺を孤立させるために、友人のキリガのクラブを買い取って俺にその権利書を渡すし、パパの宿敵の代用地獄モディーフェチのアブー・アーディルは何かを企んでいるし、知らぬ間にブーダイーンでは幼児売買と謎の殺人が起こるわ、何だかだんだんと怪しげな雲行きになってきたようだ。俺はここぞとばかり、自分の信用回復のために相棒のシャクナヒーと共に、捜査を続けるが、俺を待ち構えていたものは……。


著者ジョージ・アレック・エフィンジャー(George Alec Effinger)と
作品について

 1989年にアメリカで発売された作品で、1991年に早川SF文庫の一冊として初めて日本語に翻訳されています。

 今回のイラストもひろき真冬の美しいイラストで書かれていて、『重力が衰えるとき』で、そのイラストが好きになった人も、ファンになった人も多いと思います。今回は登場人物の誰をイメージしてイラストを書いたのかわかりませんが、金髪、ということでもしかするとインディハールか、ヤースミーンのどちらか?でしょうか。わかった方は教えていただけると嬉しいです。

 「続篇を書く気はなかった。しかし、『重力が衰えるとき』を書き上げて、その背景と主人公が忘れられず、もう一つの物語を考えた」というエフィンジャーの発言を要約すると、エフィンジャー自身の祖父がクリープランドの警察官で、公務執行中に殉職したということが、謝辞とあとがきに書かれているように、本作品『太陽の炎』はその話を元にして、またあの蠱惑的な都市ブーダイーンを舞台としたマリードの悪戦苦闘のハードポイルドSFに仕上がっています。前作の『重力が衰えるとき』と同様、浅倉久志氏の名訳で、この物語を読むことができるのは至福の幸せだと思います。

 また『太陽の炎』は1990年度のヒューゴー小の長篇部門にノミネートされたが、決戦投票で惜しくもダン・シモンズの『ハイベリオン』(ハヤカワ書房SFシリーズ)に敗北して、第二席に落ち着いた。1988年の『重力が衰えるとき』もディヴィッド・ブリンの『知性化戦争』にさらわれたことと同様に、つくづく運が悪い方である。また、『太陽の炎』という題名の出所は、ボブ・ディランの歌詞で、"It's all over now, Baby Blue"からの出典らしいが、引用許可が得られず、題名の由来がわからないということになってしまったようである。

 著者については、『重力が衰えるとき』のページを参照してください。実に大変な生活および持病を患っていることがわかります。(エフィンジャーさんの身体が健康になりますように、日本の裏側から祈っています。)


感想

 この『太陽の炎』も実に面白いです。『太陽の炎』単品でも読むことができますが、<ブーダイーン>世界をより良く知りたいのならば、一作目から読むことをお薦めします。『重力が衰えるとき』では、電脳ソケット手術をしていない彼が、パパの命令で、モディ、ダディで楽しめる人間となった以上、今回もたくさんこの1つのアドインが非常に重要な役割をはたしています。個人的にはインディハールの夫であり、マリードと仲がよかったシャクナヒーの悲劇が結構哀しかったのですが、それ以外は謎だらけのなかでマリードがその謎を解決していく様が実に小気味好いテンポで進行していきます。しかしまあ、不幸といえば不幸だし。−−>マリード

自由があって、金がないという生き方か、奴隷となって金はある生活をするか、どちらがいいのかとマリードは悩んでいますが、まあその答えはおいおいわかってくると思います。

 今回はあと、パパと宿敵のアブー・アーディルの謀略戦が実に面白い。宿敵のアブー・アーディルは実に狸おやじで、変態で、救いようがないくらい悪くかかれていて、読んでいて「こりゃ、すごいわ」と思ってこちらの水面下の闘いも楽しく読ませてもらいました。しかしまあ、これも個人的に思ったことなのですが、代用地獄でどういう楽しみ方を考えるのであろうか。まあ現在で直せば、M気があるという人にはいいかもしれないけど、流石に末期ガンとか苦痛を伴うモディでは楽しみたくはないですね。え、そうではない?という人、すごいなと思います。 あと主人公マリードも随分と行動がしたたかになってきたみたいで、ある意味で主人公の成長も感じることができる、そんな作品だったと思います。


本について