『荒れた岸辺』 |

イラスト:K・G・ヤナセ20世紀末、ものすごい大災厄がアメリカ合衆国を襲った。国内に密かに持ち込まれた数千発の中性子爆弾がいっせいに炸裂し、合衆国は崩壊、世界の文明地図から抹消されてしまったのである。世界の国々によって国境や海岸線を厳重に封鎖され、上空からのスパイ衛星によって監視されながらも、北米大陸の各地では、漁業や農業を営む小規模なコミューンが点在していた。その一つカルフォルニア沿岸にあるオノファー村に住む少年ヘンリ−は、父と共に漁業の手伝いをしながら、けなげに生活をしていた。そして今日も土地の古老トムからアメリカの昔話を聞いては、古きよき時代のアメリカに憧れを募らせていたのであるが……。
そしてそんなある日、ヘンリーの住むオノファー村に、見知らぬ男たちが訪れたのである。彼らの主張によると、彼らは<アメリカ再建同盟>のメンバーで、アメリカのかつての栄光と威信を取り戻すべく、各コミュニティに呼びかけて協力を要請しており、オノファー村にも協力を要請しに、彼らはやってきたのである。トムの昔話を聞いていたヘンリー少年は、彼らの理想に深く共感し、オノファー村の古老トムと共に<同盟>の拠点のひとつサンティエゴを訪問するのであるが、サンティエゴから戻る帰りにサンフランシスコ沿岸付近を巡視している日本の戦艦に発見され、囚われそうになり、彼は命をあやうく失うような脱出劇を敢行し、見張りの日本人たちの手から脱出することに成功した!トム老人と再会したヘンリーは村へと帰還し、<同盟>に協力すべく、奮戦するのであるが、彼の前に待ちかまえていた陥穽と陰謀に気づくよしはなかった……。
1984年に出版された作品で、1986年に早川SF文庫の1冊として販売されました。イラストレーションはK・G・ヤナセさんの緻密なイラストで、上巻のイラストは中性子爆弾が爆発した後に出るきのこ雲と海岸が描かれ、下巻のイラストではトム老人が左側を向いて、遠くを見ているイラストと数人の登場人物(日本人の艦長とか、主人公、そして刀を持った女性、戦闘機や潜水艦、中年の男性と黒髪の女性)という感じで書かれています。個人的に、K・G・ヤナセさんのイラストが好きで、早川SF文庫には彼のイラストレーションがいくつかあるので、見てみるといいかもしれません。
キム・スタンリー・ロビンスンといえば、最近の<火星3部作>で、ヒューゴ/ネビュラ賞を受賞したことは記憶に新しいと思いますが、いかんせん彼の邦訳は少なく、本書『荒れた岸辺』を含めて3冊しか翻訳されていないというのが現状です。また本書『荒れた岸辺』は早川文庫SFで刊行されている『ゴールド・コースト』と未訳の"Pacific Edge"で三部作をなしているということである。作者はこの3つの長篇作品についてSF的な解釈を加えている。すなわち、3つの長篇はなんと、並行世界(平行世界についてはこちらを参照のこと)の未来のオレンジ郡を描いているということである。(トム老人が3作に共通して出てくるということになっているらしい。)それから、本書『荒れた岸辺』は当時の有望なSF新人たちの第一長篇を集めた<ニュー・エース・サイエンス・フィクション・スペシャル>叢書から、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』などとともに発売され、デーモン・ナイトやアルジス・パトリス、テリー・カーらから大絶賛を浴びたという彼の処女長篇である。そしこの作品はローカス賞長篇部門を受賞するという快挙となったのである。もう一つ日本語で読める彼の作品は創元推理文庫SFから発売されている『永久なる天空の調』で、これはすごいスケールの宇宙規模の音楽SFで、たぶん現状で唯一彼の作品で読めるものであると思います。本屋で見かけたら、立ち読みをしてみてください。
キム・スタンリー・ロビンスンは1952年、イリノイ州生まれ。カルフォルニア州オレンジ郡に引っ越したのは幼少のころで、1975年のクラリオン創作講座と呼ばれる、今まで一流のSF作家を輩出したこの講座に参加したことで、ここで講師をしていたデーモン・ナイトが彼の短編を買い取って、当時編集をしていたオリジナル・アンソロジーのシリーズ<オービット>にこの短編を掲載したことが、彼のデビューであった。大学ではフィリップ・K・ディックの研究で博士号をとっており、その研究成果も出版されて読むことができる。研究の傍ら、創作活動を続け、80年代から頭角をめきめきと表してくる。90年までにネビュラ賞の候補になること6回、ヒューゴー賞の候補8回。このうち87年の作品がヒューゴー賞ノヴェラ部門で受賞している。そして、前に出てきた<火星三部作>(創元推理文庫SFより刊行予定)がヒューゴー/ネビュラ賞を受賞したことによって、彼は現在一番ホットな作家の一人として挙げられることになる。また、キム・スタンリー・ロビンスンはサイバ−パンクに対抗する<バッフォー>と呼ばれる作家グループの代表格とされているが、彼の場合、SF的な設定よりもむしろキャラクター優先でストーリーを考えている作家であるし、文学性の高い作品が多いのが彼の作家としてのスタイルであろう。とにかく今後は動向をじっくりと見守りたいSF作家の一人で、彼の翻訳作品が増えることを祈っています。
まずこの作品は、ディヴィッド・ブリンの『ポストマン』と同じように、何らかの形で崩壊してしまった、崩壊後のアメリカを書いた力作で、特に破滅後の世界に生きる人間の様相や生活、希望や社会・文化の復興について書ききった力作であり、特にその設定のすばらしさは驚くべき点があります。まず1984年というと、ジョージ・オーウェルの『1984年』を想像してしまいますし、その意味ではロビンスンは自分なりの『1984年』像を提示したのではないか?と思ってしまいます。また、破滅後のアメリカ世界が国際社会によって徹底的に監視・管理されるという設定は非常に珍しく、アメリカのみが世界の文明地図から抹消され、孤立するという設定は物語をミクロ的にするのに役立っているような気がします。そのためか、舞台はほとんどオノファー村とその周辺および、サンティエゴ程度というミクロな様相で展開されるという当たり、作者の力量を感じさせます。それから、ディヴィッド・ブリンの『ポストマン』とは異なる形で、<アメリカ合衆国の再統一>というのを描き出しており、目には見えない形ではあるが、希望を読みとることができる、そんな小説になっているような気がします。
それから、荒廃後のアメリカの自然の細やかな描写が実にすばらしく、ヴィジョンを見ているような気分で小説を読むことができます。特にオノファー村でのコミュニティの風景やその周辺の自然などは、細やかに描写されていて、映像化されてもおかしくはない作品になっていると思います。あとやはり、「人間的な行動」をいかに表現するかという点では、本書は17歳のヘンリー少年を中心に、トム老人、メリッサ、スティーブ、ドクらのいきいきとした人間描写や心の葛藤などが緻密に描かれていて、感動します。最後にやはり、これがトム老人からもらった日記帳による”自分史”であるという点が、実に感激です。だからラストがちょっと中途半端ですが、自分でヘンリー少年の今後を想像することができますし、テーブルトークゲームをやっているような感覚で、読者自身がヘンリー少年の後日談を書くことができるという意味で、いろいろな点で楽しめるのではないかと思います。それから、本書はSFとしてではなく、ふつうの小説としても十分に通用する作品で、SFが苦手な人でもじっくりと読むことができるのではないかと思っています。個人的にこの作品は好きなので、是非古本屋や図書館で探してみてください。(トム老人やヘンリーらのキャラクターは忘れられない印象を与えるのではないか?と思います。)