『ゼロ・ストーン』 |
イラスト:加藤雅基幾年もの間宇宙空間を漂流していたとおぼしき異星人の死体が、宇宙服の手袋の上からはめていた指輪の石、神秘の宝石”ゼロ・ストーン”。そんな謎の指輪を、名うでの宝石商人だったぼくの父、ハイウェル・ジャーンは、ある第一航空士から譲り受けたのだ。彼は、宝石商人の仕事の傍ら、狂ったようにその石の起源やら性質などの探求を続けていた。ところが、父はこの謎の宝石を狙っていた何者かに殺害され、主人公である息子のマードック(ぼく)の手にはこの宇宙からきた指輪だけが残されたのである……。その後ぼくは父の友人の宝石鑑定師で、宝石鑑定の師匠であったヴォンダー・アストルとある宝石の原産地の情報の入手を祝って、クーンガ・シティの酒場で酒を飲んでいた。ところが、現地人しか選ぶはずがないという儀式に、よそものである我々に白羽の矢がたてられ、師匠ヴォンダーは無惨にも惨殺されてしまう。その場を命からがら逃げ出したぼくは、<避難所>と呼ばれる場所で、自由貿易業者の男と交渉して、見事彼らの船<ヴェストリス号>に乗って脱出することができた。
彼らの船の中で、ぼくは彼らの飼い猫ヴァルサーと仲良しになったのだ。そんなある日、ヴェストリス号は交易のために、熱気めいた湿原の多い、ある惑星に着陸したのである。ぼくは調査のためにいくつかの石を確認していると、彼女−−ヴァルサーがぼくが放り出していた卵形の石の最も大きなものの一つを選び出して、お気に入りのようにその石をなめて、飲み込んでしまったのである。そして彼女は黒くて小さなとかげのような生き物を産み落としたのである。それがぼくとイートの初めての出会いであった。なんと伝染病にかかってしまった彼は、船室から隔離され、殺害されそうになったのである。また乗組員たちはどうやら、ゼロ・ストーンを狙っていたようだ……。イートと後に呼ぶ、その小さな黒い生き物はぼくにテレパシーで呼びかけて、彼をつれて宇宙船から脱出するように促す。脱出後、宇宙空間をさまよっていたぼくは、猫型エイリアン、イートとともに異星人の宇宙人を発見した。ぼくはそこでLB(ライフボート)を発見して、イートと共にある不思議な惑星に到着することになるのであるが……。
1968年に書かれた作品で、1986年に早川SF文庫の一冊として日本語に翻訳されています。イラストはSFイラストで有名な加藤雅基さんで、そのイラストのファンは各方面に大勢おり、本SF文庫でも他にも何冊かイラストを描かれています。個人的には<ゼロ・ストーンシリーズ>の黒猫イートのイラストがイマジネーションをそそって好きですが……。
著者アンドレ・ノートンについては、最近翻訳が絶版もしくは品切れになっていて知らない人が多いのではないかと思いますが、実にこの女性作家の作品から影響を受けている人がたくさんおり、早川書房から翻訳として出ている他の作品群も、実に読みごたえがあり、伝統的なスペースオペラものから、異次元物語まで幅広くアメリカの少年少女たちに夢を与えてきた、SF界の大ベテランの一人です。本名は、アリス・メアリイ・ノートンといい、1912年にクリーヴランドに生まれた。高校卒業後、ウェスタン・リザーヴ大学に進学するも、大不況の勃発のために大学を辞めねばならず、クリーヴランド公立図書館に就職しながら、夜間には創作とジャーナリズムのコースをとって勉強していたといいます。自身のインタビューによると短篇は苦手、当時としては珍しい女性SF作家として苦労したという話も書かれています。そして、小さい頃からSFが大好きで、特にエドカー・ライス・バロウズとレイ・カミングスの強い影響を受け、いつの日か自分のこのスタイルで書いてみたいと思ったという。処女作は高校時代に書き上げており、後に加筆・修正されて第二作として発表された。SFとしての処女作は"Starman's Son"(1952)で、それ以来かぞえ切れないほどの長篇やシリーズを書き上げてきました。現在SF界の第一線で活躍されている作家たちや、毎年各地で開催されるSF大会の中枢を占めているファンたちの中には、子どもの時に出会ったノートン作品でSFの楽しさを知ったという人も大勢います。
その性格上、ノートン女史の翻訳作品はアメリカ本国で出版されている膨大な数の著作数には及ばないまでも、日本ではかなり翻訳されている作家の一人ではないかと思います。しかしながら、現状では早川SF文庫および創元SF文庫から出版されているすべての作品は、入手が困難であり、これほどのスペースオペラが読めない現状は残念としかいいようがありません。特に<太陽の女王号シリーズ>と<ゼロ・ストーンシリーズ>はスペースオペラの名作の誉れが高い作品で(事実、早川書房編集部編『SFハンドブック』の編集部のおすすめの一冊の中に、<ゼロ・ストーンシリーズ>が挙げられているのに入手できないのは、問題があるのではないか?と思ってしまいます。)古本屋にしかないというのは結構悲しいなと思います。またノートン女史の作品には猫が登場することが多く、実際自宅には猫だらけだそうです。(ゼロ・ストーン2のあとがきから引用すると、『ひとり暮らしの彼女と同居している生きた猫は、わずか6匹でした。わたし(柴野拓美氏)がびっくりしたのは、室内の調度や装飾のほとんどが、猫一色で統一されていたからです。まず大きな居間の飾り棚には、無慮数百に及ぶ猫の人形や置物。それ以外の壁にも、猫の絵や写真や木彫りやアクセサリーの数々。』これはすごいですねぇ……。SF作家でもハインラインを含めてかなり猫が登場するSFが多いですが(名作『夏への扉』も有名な猫SFですが……)特にノートン女史の作品には猫がかわいらしく書かれていて、気持ちがほんわかしてきてしまいます。ノートン女史の作品が早く復刊や再版してほしいと思います。
この作品は、文句なく面白いです。まず少年の成長劇で、ハインラインの『宇宙市民』のソーピー(たまたまイラストレーターも加藤雅基さんでしたが)と重なるところが多く、そして主人公が宝石鑑定師兼商人という店で、交易の時の取引のやりとりが実にいきいきと書かれていて、思わず某スペース系RPGゲームを思い出してしまったいきさつがあります。それに華を加えているのが猫型エイリアンでちょっと生意気な口を利く、イートちゃん。(ピートを思い出してしまう人も多いかもしれませんが)実際の年齢はかなりのもので、むちゃくちゃ知識もある猫型エイリアンで、なぜか主人公のマードックを気に入って(というか利用して)、冒険を続ける形になっていくわけですが、最初のこのゼロ・ストーンだけでも、逃亡劇あり、殺人あり、冒険有り、裏切りあり、取引ありと本当に様々な要素がうまく絡み合って、実に見事なスペースオペラに仕上がっています。
読み進めていくと分かるのですが、<ゼロ・ストーン>の謎を調べていく過程というのは少年だったマードックの成長の旅にもなっているというのにも注目です。成長ものといえば、バンジンの『成長の儀式』なんかが有名ですが、個人的にはハインライン作品と展開がにていて、一気に読んでしまいました。主人公マードックが宝石鑑定人という特殊な技能を持っていることが、次の巻の『ゼロ・ストーン2』で大きくクローズ・アップされて交易SFとしても一流であることがわかってくると思うのですが、この巻ではやっぱりパトロールマンとのやりとり(イートの助言があるとしても)実ににやりとしてしまって、次の巻を読みたくなるような気分になると思います。実際、本巻では<ゼロ・ストーン>の謎はまったく解けておらず、フラストレーションがたまった人も多いはずです。そのゼロ・ストーンの謎と、イートの正体については次の巻『ゼロ・ストーン2』へと読み進まれることを強く薦めます。