Absolute Red #First
初めてその瞳を見たのは、
まだElectro Tunedに戸惑っているくらいの時期で
…
初めは射抜かれると思ったんだ…
ゲームを始めたのは、そのゲームが妙に馬鹿デカい個体を見せつけていたからだ。最初は格ゲーとかレースゲームとかクレーンゲーム目当てで入ったゲームセンターに、何度か出入りする内に気付いた。
あの機械はいつも音楽を流し続けている。
ってコトに。丁度格闘に飽きてたところで、興味本位で200円入れてみた。…あんまりやってるやつを見たことがなかったから、ゲームの説明はきちんと見た。
降ってくるオブジェクトの位置の鍵盤を押すと音楽が奏でられる。なんだ、簡単なゲーム。
タカは括ってた。レベルの低い曲を一曲、選んでみた。でも、意外と難しいことに気付く。その曲を俺は知らないし、テンポもつかめない。でも
でも
でも、その曲の中盤からは、きちんと分かるようになった。それにつれて、グルーブゲージがレッドゾーンに突入して…まあ、そんな言葉は後から知ったんだけど。
最後までやり遂げた時、俺は何となく、このゲームに意地のような感情を抱いていた。二曲目も、一つだけレベルを上げてプレイした。そして、三曲目に、この後しばらく俺を悩ませる
Dr.Loveまだそんなに難しい曲ではなかったはずなのだけど。最後にはレッドゾーンに到達せずに終わってしまって。
悔しかった。
それからはゲーセンに行けばずっとそのゲームをした。BeatManiaIIDX 2nd Style.
そのゲームが、俺の人生…大袈裟だな、まあ、趣味や趣向や、友人を大きく変え、俺の中で大きな存在になるとは、思いもしなかった。
ニデラをすること数週間、ある日後ろからヤジを飛ばされた。
「おうおう、もちっと根性見せたれやぁ、兄ちゃん!」
嫌に耳につく関西弁。人のプレイに文句つけやがって。
もちろん、その曲は越えてみせた。「なんや、あんなトコで引っ掛かるなんて。初めてもう一ヵ月チョイやろ?」
にやり、とその男は笑った。赤髪を逆立て、真四角なヘッドギアをした男。何度か見かけていたが、いきなりそんな言葉を掛けられるとは思いもしなかった。
俺は何も言えずに睨み付けるだけだった。
「兄ちゃん、ちょっと見とれや」
さっさと200円入れてゲームを始める。一番に選んだのは、俺がヤジを飛ばされた曲。Electro Tuned
人が出来ない曲をやるっていうのは、かなり失礼なことだと学んだ。そいつは、しばらくやっていると、また声を掛けて来た。まだ曲の途中だというのに、だ。
「兄ちゃん、ここが苦手やろ?見とき、こう押しゃええねん」
そして、俺の目はその鍵盤を押す指に集中した。一寸の違いもなく、一つ一つがきっちりと、確実に押されていく。それで、ちょっと画面 に目をあげると。そう、コンボが全部つながっていた。
「分かったか?こーやりゃなんとかなんやから、もちっと頑張ってコンボくらい繋げや」
あっさりとクリアすると、さらにレベルの高い曲を次々にクリアしてしまう。そして、ネームエントリー。YUZ
「ユーズっちゅーんや、よろしくな?」
「あ、ああ…」
緊張感もなく差し出された手を、握る。
「俺は、士朗。こちらこそ、よろしく」
いつもエントリーネームはSRWだけど。っていっても、エントリーなんてまだ二回だけしかしたことがない。エキスパートコースの中から簡単なものを選んでやる程度しか出来ないから。
「しかし、いっつもココでやってんやな?他の店には行かんの?」
ユーズは誰もプレイしていないIIDXの台を見つめた。エントリーネームは上位 三位までYUZで、その後には知らない名前が続く。他のランキングでようやく俺の名前も見えるが、上位 にはやはり、YUZの文字が見える。
「他の店…あんまり、よく知らないんだ」
ここは歩いて来れる場所だから、と、軽く付け加える。
「ふぅーん…」
ユーズは首を捻った。
「だって、ココお前と俺と、他はおらんやないか。たまにやりにきてるやつおんねんけど、お前よかヘッタクソやし。お前かて成長せえへんで?」
つまり独占出来てしまっていた訳だ。確かに、連コインしても誰も居ないことが多い。…しかし、もう少し言葉を選んでほしい気もする。
「アレだけやる金あるンや、ちょっとお前、俺と来い」
ほとんど引きずられるような感じで、俺は店を出た。中野の駅まで連れ出され、ユーズは勝手に新宿行きの切符を買うと、あっさり新宿まで連れて行かれた。始めての新宿に俺が戸惑っている間にユーズはさっさとゲーセンに入って行く。
「あら、ユーズ!」
不意に声を掛けて来たのは、薄桃色のショートヘアの女性だった。
「どうしたの?人連れてるなんて珍しいわね?」
物珍し気に覗き込んでくるが、年下には見えなかった。
「ああ、中野でずーっとひとりやったから連れて来た」
軽く笑いながらユーズが応対するが、どうもその笑顔に引きつったものを感じる。心無し、眉がヒクついている気がするのは気のせいではないだろう。ヒクヒクしてるし。
「ふぅん…私はナイア。貴方は?」
微笑む仕種に大人…というか、年上のものを一瞬感じる。歳なんか聞いたら失礼だろうとは思うが、聞きたくなってしまうのも正直な話だ。まあ、後々聞こうと思った。
「俺は、士朗。よろしく」
「こちらこそ。ところでユーズ、また一勝負しない?」
間髪入れずにユーズは「遠慮しとく」と答えた。あれだけ偉ぶった態度でいた男が、ナイアからの挑戦は全く受け付けない。それはそれで面 白い光景だったけど。
「士朗はどう?私に勝てたらバイト先の中華料理屋のフルコース招待券か、デート一日券あげるわよ?」
ひくっと、ユーズの顔が引きつる。
「負けたら?」
俺が聞き返せば
「何か奢って!」
…なるほど、何となく事情が読めた。ユーズはどっちの券が欲しかったかは知らないけど、ナイアに負けたようだ。さぁて始めるか、なんていいながらとっとと個体まで逃げた所を見ると、推測はあたっているようだ。けれどそれはそれで楽しいらしい。別 に怒っているそぶりは見えない。
「遠慮するよ。まだユーズ程出来ない」
やんわり断れば、その頬が軽くふくれる。
「つまんないねー」
そうは言いつつも、小走りにユーズに寄って条件抜きで勝負をしようと持ちかけている。ユーズはそれならばと、勝負を受けたようだった。
IIDXの前に、一人男が居た。そのプレイは、もしかしたら俺と同じくらいか少し上手いくらいで。「なんや、待ちか…あれ、ナイア、あいつこの前お前と話とった奴とちゃうか?」
「あ、ホントだ。いつの間に来てたのかしら」
端から見ればカップルの様な二人に俺は少し気恥ずかしい気分を持ちながら、つと、顔を上げた。Electro Tunedをギリギリでクリア。
そして、それが最後で、ネームエントリーもしないままこちらに振り向いた。
その瞳が、あまりに赤かったから、思わず、ずっと、見つめてしまっていた…
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