今日は出張。

Bus Stop [1] 〜The Stop Name is "Shi-Sha-Mo"〜

 今日最後の販売業社に取り引きの契約の説明に行ってみたらすぐさまOKしてくれた。これで僕の役割は終わり。…とりあえず、最初のプレゼンをやる仕事が僕は多いから。明日は会社が休みだけど、明後日行く次の会社は逆方向。その次の会社はそこよりもっと遠い。
 いつもバス亭も地下鉄も一度きり下りる感じで、僕は色々な所に飛び回っていた。今日も三ケ所を回った。小さな会社ではプレゼンがかなり大きな所を締める。
 
僕の勤める会社はパソコンのソフトの開発なんだけど、僕は営業部だから、取引先や下請け会社を訪ねて契約を取り付ける仕事や何か大事を伝えることがほとんど。あとは専門家が電話やメールで大きな取引の内容の説明をして、その書類を作成するのも僕の仕事。小さい会社ではあるけど、ソフトは使い易いし役立つものが多い。ある会社との契約取り引きの時、大きな会社になると、きっぱり言い切られた。…今は、まだ赤字になるかならないかのギリギリの線。僕の給料もちょっと寂しい。

 「はぁ…」

 思わず溜息を吐いた。残高はまだなんとかなってるし、別 段欲しい物もない。考えるのは会社の黒字経営の為にどうプレゼンを行なうかだ。右肩下がりの成績で営業部は大変なことになっている。でも、今日のプレゼンデ一応歯止めが掛かる…らしい。
 このバス亭も一回で終わりだな…。何か無い限り。
 「にゃ〜」

 …突然、気の抜けるような、求めるような、そんな鳴き声がして、ふとすぐ横のゴミ箱を見ると。
 「にゃ〜」
 …蓋がガタガタいっていた。
 「にゃ〜」
 ………バスは、まだ来ない。

 

 「にゃ〜」
 猫はまた鳴いた。目を合わせないようにしたいが、そう思って目をそらしても他に見る物が無く、思い出すのは会社がいつ大赤字になるかとか、リストラされないだろうかとか、嫌な不安ばかりだ。
 「にゃう、にゃぅ〜」
  あ、今月の光熱費いくらかなぁ…この前電気つけっぱなしで出掛けちゃったし。
 「にゃ〜…」
 お風呂湧かしっぱなしも一回やっちゃったし。
 「にゃぁ」
 洗濯物もたまってるなぁ…帰ったらやらないと。
 「にゃ〜にゃ〜にゃ〜」
 …なんとなく…本当に、何となくゴミ箱の蓋を取ってみた。見ると、柔らかそうな顔にやっぱり柔らかそうな笑顔を浮かべているように見える薄黄色の猫が一匹。口も笑ってるみたいだし、小さい目も可愛い…いやいや、何考えてるんだか。
 なんとなく罪悪感を覚えながらまた蓋を閉めた。

 …異常に遅くないか、バス…
 僕はかれこれ一時間程待っているような気分だった。けど、時計を見ると十分間。
 「にゃ〜」
 また蓋を上げてみる。ほえほえとした顔が僕を見る。尻尾を振って、
 「にゃ〜」
 …僕はバス亭を少しだけ離れた。

 「よしよし、うまいか?」
 いつの間にか猫缶をいくつかコンビニで買ってきて、猫にやっていた。ゴミ箱から出てきた猫は、すぐに飛びついて缶 の中身を平らげる。
 「…いい子だから、これ食ったら黙っててくれよ…」
 そう言っても、まぁ、通じる訳は無いし。
 「もう一缶食うか?」
 別にその言葉に反応した訳じゃないのだろうけど、猫は魚のこびり着いた顔を上げて、
 「みゃ〜」
 もう一缶、開けてやった。

 …バスはまだ来なかった。時間表をさっきから何度もちらちらと見るのだが、どう考えても十分以上遅れている。早く来てくれよ…。
 「みゃぅ〜」
 腹が膨れても猫は鳴き止まなかった。
 「にゃぅ、に〜」
 ごそごそゴミ箱の中を動く音がする。そういえば、糞とかどうしてるんだろう。それに、このゴミ箱蓋が割れてるから、雨漏りなんかするんだろうな…。どこの誰だかしらないけど、生き物をそのままゴミ箱に捨てるなんて信じられない。
 「にゃ〜」
 …何考えてるんだ、僕は。たしかにアパートはペット禁止じゃないけど、ただでさえ少ない給料をこいつに裂く訳にはいかないだろう。なんたって独り身だし、できることなら買い替えたい物も…。

 初めて気付いた。何もないのだ。全て家具も服も事足りて、食事も贅沢ではないにしろ困ったことなんてない。水道光熱費だって、実際あんまり掛かってない。足りない物があるとしたら…それは話し相手。
 「お前、ウチに来るか?」
 その一言が、思わず口に出た。
 「にゃ〜」
 それがイエスでもノーでも、とにかく猫は答えた。抱き上げても大人しく僕を見てる。

 ようやくバスが来た。何故かガイドつきのバスに乗り込み、僕は座席にゆっくりと座り込んだ。
 「にゃ〜」
 膝に、猫を乗せて。

 

 翌日、僕はまたあのバス亭に行くことになった。実は鞄を忘れて、見に行ったんだけど、それはすぐに見つかった。相変わらずゴミ箱があって、その横に綺麗なまま置かれてた。ふと、バス亭の名前を見る。「ししゃも」となっていた。

 「ししゃも〜」
 「にゃ〜」
 めでたく、猫の名前はししゃもに決まった。

End

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