バイト先でちょっと嬉しいことがあった。
帰り道で、それを忘れた。
それで、もっと嬉しい気分になった。Neighboring Comfortabl days[1]
三月二十六日
バイトが終わって、俺はブレザーを着込んでしっかりボタンを掛けて家に帰ろうとしてた。家までそう遠くないし、コンビニのバイトはさして忙しくない。まあ、その分ぼけっとしちまうけど。
今日バイト先で仲の良い人に、お土産の饅頭を貰って帰る前に頂いてきた。やおおあ、なんつーか旅先の物は旨いんだよな!
その普段通りの帰り道。俺がぼんやり冬の星座なんて見ながら月が丸いとか思ってる所に
「あのぉ、すみません」
テレビでよく耳にするイントネーション。それは明らかに関西弁で、俺はちょっと戸惑う。
「中本町って、こっちでええんでしょうか?」
自分の住む住所を言われて一瞬吃驚したけど、俺は
「ええ、そうですよ」
と、なんとか答える。ほとんど真横にいる粗の男の顔は見えない。月が高いから、木の影と電柱の影で隠れてしまってる。分かるのは荷物を背負っていることくらい。でも、その声に悪意を感じなくて、俺は何となくホッとしながらとにかくその相手が何者か知りたかった。
「そうですかぁ、ええっと、坂下れば分かりますか?」
不安そうに。俺はようやく一つのコトに思い当たった。迷子だ。
「あの、どこに行かれるんですか? 」
不躾な質問に、男は照れくさそうに、それでいて少し、疲れた笑いを漏らして、俺にこう言った。
「いやぁ、自分の家が分からなくなってしもて…」
なんとも。ハッキリ言えば間抜けな答えが返ってきた。
「前に来た時は昼間やったし、こっちに来るンもまだ二度目で、すっかり道分からなくなってねぇ」
後頭部を軽く掻く。大阪から引っ越して来たんよ、その一言と一緒に、ちらっと、薄い色の茶髪が目に入った。と、途端雲が風に飛ばされて、月明かりがしっかり相手の顔を照らし 出して…
「俺、案内します!」
思わず、意気込んでいた。自分でも、良く分からない。でも、でも今そうしなきゃ行けない気がした。それは、偶然とか、必然とか関係なくて、今そうしなきゃいけないって、すっげー感じたんだ!
「家見つからなきゃ、大変ですよね?俺、ジモティーだから案内するよ!」
一瞬呆気に取られたような表情。それが苦笑したような笑顔に変わったところで雲はまた月を隠した。
「ありがたいけど、高校生やろ?親御さん、心配するんちゃう?」
「あ、ううん、大丈夫っす。ちょっと電話するんで」
まあ、ちょっと失礼とは思いながら携帯を取り出す。メールは来てないし着信もない。最近は春休みも手伝ってか大して連絡取る必要無いし。
「あ、母さん?」
『竜太?どうしたの?』
酒飲んでるよ。まあ、毎日なんだけど。アル中じゃないけど最近ワインには凝ってるな。
「ちょっと帰り遅くなる。別に平気だよな?」
『いいけど、なるべく早めに帰ってきなさいよ?』
「うん、あんま飲み過ぎんなよ?」
『心配いらないわよ』
「あ、そ。んじゃね」
電話を切って折り畳む。
「大丈夫みたいなんで、案内します」
彼はクス、と、 笑って、
「じゃあ、お願いしよかな」
と、言ってくれた。「確かねぇ、ネットの近くやったと思うんやけど…」
ネット、と言われていくつか思い当たる。テニスコートやら校庭やら、この辺はネットが張ってある場所がいくつかある。俺の出身の中学もそのうちの一つ。
大荷物だから持ってやろうと思ったのに、あっさり断られた。
「っていうと、この近くだとあの辺とか…」
指で示した方向はテニスコートがあるけど、彼は頭を横に振り、また傾げた。
「たしか坂は下りたはずなんよ〜…ああもぅ、もちょっとちゃんと覚えとけばええのに俺…」
とりあえず、坂を下りることにする。ステンドグラスのある家を通ったと言うから、思い当たる道を選び、急な坂をゆっくり下りる。
「高校生一年生かぁ、部活とかはやってるん?」
「もっぱら帰宅部って言うか。バイトして金溜めて、あと遊べればいいかなぁって思ってますから」
「ふぅん…ああ、なあ、敬語使わんでええよ?俺あんま堅苦しいの好きやないから」
屈託なく笑う。人の良い笑顔。俺は了承した。なんか、嬉しかった。
「でも、金何に使うの?」
「そうだなぁ、ゲーセンとか、あと本とかゲームとか?」
「ゲームするんや?俺もけっこう好きでねえ」
相手が大人だからか、ちょっと相手の方が歩調が早い。俺はいつもより早く歩いた。
「へえ、何やるの?っと、あ、ステンドグラスのある家ってこれ?」
丁度明かりがついていて良く分かる。色鮮やかなグラスが光っていて、そこだけまるで別 の物があるみたいだ。
「そうそうそう!確かここやった!この近くかなぁ?」
きょろきょろ周辺を見回す。
「マンションなの?」
「うん、新築でね」
新築のマンションなんてこの近くにはない。もしかしたらもう少し離れた所なのかも。
「この近く、新築はなかったはずだよ」
「え、そうなん!?あっちゃぁ…どうしよ、困ったななぁ…」
それは困るだろう。見つからなければ眠る場所がないんだから。
「他に、なんかないかな?」
「なんかって?」
「何かの近くだったとか、そういうの」
荷物を一旦そこに下ろして、うーん、と、考え込む。
「もしかしたら、もちょっと橋の方やったんかも…」
橋、と聞いて、ネット、と来て。
「もしかして!」
「おおぅ!?」
ちょっと驚かせちゃった。いや、でも、思い当たった。
「もしかしたら、あっちかも。ちょっと行ってみようよ!」
彼は慌てて荷物を背負う。俺は、勘が当たっていれば良いと願った。近くを流れる、人口のタイルに固められた川の近くを歩く。その先に老人ホームがある。とにかくそこまで行けば多分分かるはずなんだ。
「なんだか、探偵サンみたいやなぁ」
そんな一言に
「コナン・ドイルとかシャーロック・ホームズ?」
そう答えると、そうそう、と嬉しそうに言う。
「割りと好きなん、探偵ものの小説とかね」
「俺あんまり得意じゃないなぁ〜…もっとこう、RPGみたいな…」
「あー分かる分かる!ん?RPG以外は何やる人?」
「音ゲーとか?あ、あと格ゲーは得意だよ、俺!」
「ほんなら今度勝負しよか」
「俺負けないよ?あ、PS2は?」
「まだ持ってへんね〜ん!品薄で手に入らんくてぇ」
「俺はもう買ったよ〜」
「む、羨ましいやっちゃなぁ…あ」
俺があんまり来ない老人ホームの横のグラウンドの裏手に、二階建ての新築のマンション。
「ここや〜!やっとついたぁ〜!」
慌てて彼は鍵を鞄から出し、鍵をあける。
「せや、上がってって。折角案内してくれたんやし、なんもないけど」
ドアを開けて、俺を招き入れる。靴を脱いで中に上がると、新築独特の加工材の臭いがした。
「お〜、なんか広い!」
「せやろ〜」
電気がついた。電気はもう通っていたらしい。
「あ、そだ。カーテンつけなぁね」
自分で買ってきたというカーテンをつけてみるけど、サイズが合わなかった。
ちょっと間が抜けていた。俺は、なんとなく、嬉しかった。「買い物とかできる場所、明日教えるよ!」
「頼もしいなぁ。あ、せや、ケータイとか持っとる?」
「え、ああ、さっき電話かけたじゃん!」
「あ、そやった!じゃ、ちょぉアド教えてくれへん?」
「ん、いいよ。あ、名前…」
そこまで来て、初めてまだ、名前も知らないことに気付く。
「俺は、佐藤 優ってゆーんや。よろしゅな」
アドレス帳に佐藤 優と打ち込み、電話番号とメールアドレスを教えてもらう。
「俺は、川野辺 竜太。よろしく、佐藤さん」
「よろしくな、リュータ」
なんや弟ができたみたいやなぁ、にこにこ笑う。少し垂れ目で、よく笑う。綺麗にブリーチされた髪、それで、けっこう華奢で。気付かなかったけど、俺より身長低いんだ。
ああもう、正直言うよ!俺、この人、すっげぇ気に入った!
また遊びに来てなって言われた時、絶対来ようって思った!
確かに…俺にも、兄貴ができたみたいだった。
Neighboring Comfortabl days[1] to be continued!
Thanx For Illustration Musumi sama!
この小説に挿絵をくださった(強請って奪ったとも言う)
ムスミさまのサイトはこちらです!
リュサト万歳!(笑)