なんだ!?何でだ!?逃げなきゃ行けない!逃げなきゃ生けない!

VCSS -1- Three Hope

 「…!」
 逃げる。その行為だけを繰り返し始めてもうどのくらいの時間が立つのだろうか。出口や逃げ道の所在も、それが存在するかどうかさえも判らない。ただ逃げる。殺される前に。消される前に。
 「急がないと…」
 走り込んだ廃虚の、コードとコードの隙間を縫う様に奥へ奥へと入り込む。小さな身体はこういう時には役に立つが、肉弾戦になれば大きな相手には歯が立たない事が明白だ。持つ腕は細く、生える足も細い。どうにか百五十あるかないかの身長、細いためにもっと貧弱なはずの体重。無理矢理に動かしてどこかで安息を求める。頭を保護する為に、細く鋭利な棘のついた赤いメットを被り、せめてこの貧弱な身体が相手に弱点に映らない様に、ボロボロのマントで覆い隠す。
 「どこにあるんだ、データ!」
 低く、小さく空気だけを吐き出す呟き。ノートパソコンを広げ、ネットへと接続する。コードも何もないのに、何故だかそのパソコンはどこかへ繋がっていた。
 彼が入り込んだ
狭いそこには、追っ手は入り込む事は出来ない。その隙間を窺おうとして諦めた、むき出しで装甲板の一枚もない基盤とコ−ドとパイプで出来た四脚の奇妙な機械がガシャリガシャリと、歩み去る。正面 から見れば単眼のような青いレンズと、動物ならば耳に位置する場所にあるアンテナ、そして背中と両脇に装備した銃口。見るだけでも、筒の多さから相当な数撃てることが予測できる。脚の先には三つ指を三方に広げた足がついていた。関節は大きいが一本一本の足は細く、まるで未確認飛行物体の装甲を剥いだ形のボディを支えてはいるが、傍から見れば折れてしまいそうだった。
 「おい、お前知らないのかよ?」
 少年の声。赤いヘルメットの人物は、傍らにいる白く丸い生き物に意見を求める。それはどこか奇妙ではあったが、梟の顔をしていた。もっとも、デフォルメされたように嘴は長いし、目も真ん丸で真っ黒、真ん丸な身体から生えた羽もつるんとしている。
 「知ってる訳ない、か」
 少年は赤い包帯の巻かれた指で必死になってデータの海を検索する。その海はまさしく海。文字の羅列がただ只管に続いていく。黒いバックに白い文字だけが浮かび、少年は時折何か打ち込みながら、ないない、と探し続ける。
 「あった!」
 叫びヘルメットを脱ぎ捨てた。短いとは言えないが長くもない金髪が外気に触れ、膨らむ。ふわりと広がってすぐにもっとの場所に戻ろうとする毛細胞など無視して、ズボンのポケットからコードを一本取り出す。そのコードをパソコンに繋ぎ、躊躇無く自分のうなじに突き立てた。
 驚いた事には、そのうなじにはそのコードを受け入れる形の端子が存在していた。カチリ、とはまり込み、小さな発光ダイオ−ドが赤く光る。途端、パソコンが高速で動いた。画面 は止まったままだが、モ−タ−音が激しく高鳴る。そして、そのまま少年の首に刺さるコ−ドを通 って、デ−タが送られた。
 「ARMY、インストール…なんだろ、銃の扱いと、奇襲の方法…それと…」
 ぶつぶつと、いつしか視点も定まらずに一人で言葉を紡ぎ出す。となりでは白い梟が、ほう、と小さく鳴いていた。不思議な事に、白梟が興味深げに引っ張っていたコ−ドが、何時の間にか長く伸び、固い光を帯びていた。またほう、と一つ鳴けば、そこにグリップとトリガーが現れる。さらにコードが絡み付き、連射性に優れているらしい、さながらマシンガンが現れた。最早コードの柔らかさなど欠片も見えない。
 白梟が満足そうに頷いて、ちょこんと、独り言を言う少年の横に座り込む。
 「インストール終了…アーミー、か」
 ぼそり、と小さな言葉。ノートパソコンのモーター音が尻窄みに小さくなる前に、少年の視点は元の様に定まっていた。
 「僕の製造コ−ド、お前なんで消しちゃったんだよ?」
 傍らの白梟は人差し指で小突かれ、ふぅ、と不満げに鳴いた。どうも、この白梟が彼に何か干渉したらしい。
 「まあ、また分かったからいいけどさ…これが無いとお前も僕も逃げるしかないだろ?」
 ヘルメットをかぶり直し、手を伸ばしてマシンガンを拾い上げる。華奢な腕ではあるが、しっかりとそれを掴んだ。そして、ボロボロのマントの陰から、大振りな鞄が現れる。少年が元々肩掛けにしていたらしいその鞄は、皮で出来て丈夫な物だった。そこにノートパソコンをしまい込む。
 「行くぞ」
 鞄のスペースを示し、梟を促す。梟は何故飛べるのか不思議なツルツルの羽でパタパタろ飛び上がり、鞄の中でもう一度鳴いた。
 「とにかく、何かヒントを探さなきゃ」
 梟にか、自分にか、そう呟いて、狭いコードの隙間をすり抜ける。
 追っ手との追いかけっこが、また始まろうとしていた。

 

 そこは暗く、薬品の匂いが立ち篭めた部屋だった。一つだけ灯った電球の灯りが、床に赤い液体の存在を知らせる。その赤い液体が跳ねた。電球の近くを、裸足の足が一歩一歩ゆっくりと踏み締める様に赤い液体に波紋を描く。一歩、一歩。その足が、元は生きた人間だったたんぱく質の塊を踏んだ。
 「…脆い」
 呟くなりケタケタと愉快そうに笑う。まだ少年と言えそうな年の声。声変わりこそしているが、熟した色のない、若い声だった。一歩、一歩と、笑いながら、行き止まりで少年は笑うのを止める。一筋の光の漏れる場所。その先は外、そうでなくても灯りがある事は明白だった。そ、とその光の筋に、指が触れる。

 轟音と共に光が辺りを満たした。見れば少年の手の平を中心に、壁が丸く抉られていたのだ。そう、まさしく抉られていた。まるで巨大な鉄球がぶつかったかの様に。
 部屋を出る。その後には血で作られた足跡と、三人の人間が、無惨にも巨大な鉄球に押し潰されたかのような丸い凹みを自分ごと床に穿ち、臓物という臓物を全てぶちまけている様だけが残った。…電球は、まだ揺れながら小さく光っていた。

 

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