何も無い。多分、今は。

 VCSS -3- Three Hope

 ジャンクの山を、一羽の奇妙な鳥が彷徨っていた。ディフォルメすれば梟もこうなるだろうか、頭部は間違い無くつぶらな瞳と、やや長い嘴の梟に違い無い。しかしその頭だけで、真に身体と呼べそうな物が見当たらない。頭に羽が生えたような奇妙な生き物だった。その羽も羽毛で出来ているとは思えない色形をしている。
 その生き物が、ひょい、と隙間に入り込んだ。その隙間は、複雑に曲がりくねりながら奥へ奥へと続いていて、その奥の奥に、小さな空間があった。そこには何故か人の顔が存在していた。瞳を閉じ、眠っているかのような、静かな顔である。
 白梟らしき生き物は、事も無げにその顔に踏み込んだ。捜しまわる様にぺちぺちと無遠慮に顔の上を歩き回る。その足の爪先が、不意にカチリと何かスイッチの様な場所にはまり込んだ。
 途端、激しい高圧電流が一帯を埋め尽くした。電流はそこに存在した鉄を溶かし、ゴムを焼き、埃を燃やした。
 電流が数瞬の内に、ジャンクの山の殆どを焼き尽くしていた。所々に小さな火花や火炎が踊り、辺りはゴムや廃材が燃えて焦げた匂いが充満していた。
 一陣の風が炎と火花をかき消した。その後に、無機質な顔をした一人の青年がうつ伏せに横たわっている。機械じみた動きで起き上がる。その胸には接続端子らしい穴が無数に開いた機械が埋まっていた。時折パルスが走る音と、バチン、パチンと弾けるスパーク。よくよく見れば首の後ろからもコ−ドが出ており、そのコードはどう見ても彼の身体の中に埋まっている。まさしく、彼は機械だった。

 気がつけばコードが繋がったまま、彼はそこに立ち尽くしていた。そこまでの記憶は皆無で、ただ、自分がそこにあることだけを認識する。
 元々当時のハイテクノロジーでしかない、ローテクノロジーで作られたマシンだったはずだった。とは言え、彼は自分の出生はおろか、身体を構成する機械やその他の物の内容すら知らない。いや、今は、知らない。以前は良く熟知していたのだ。データとして。
 「…ええと」
 別に誰に話す訳でもなく、頬を掻く。少し俯き加減になっても、真っ赤な髪の毛は短い為になびくこともない。彼は胸を見遣り、無数の絡まったコ−ドがそこから生えていることを知る。けして低くはない身長を持つが、そのコードはどれも床に波打っていた。
 「…なんなんだろ、俺」
 少なくとも明らかなのは人間ではなさそうだと言うことだけだった。
 「まぁいっか。とにかく…何か、何か探さないと」
 彼が歩き出す。その後に、引きずられた長いコード。鉄板で打ち付けられた床の上を、ガツガツと音を立てて引っ掛かったり、傷つけたりして行く。彼はそれに気付かず、ただ廃材とゴムの焼けた空間を彷徨った。

 それほど歩かない内に、ふと、動く物が目に止まった。パタパタと懸命に羽ばたく奇妙な鳥が一匹。真っ白なその生き物は、彼の知る動物のカテゴリーでは認識が出来なかった。しかし、彼がよくよく観察すると、それがどうも梟に似ていると思えて来た。
 その梟は、彼が懸命に考えを巡らせている内に、狭い鉄板の壁と壁の隙間へと入り込む。するり、と姿を消す梟を、彼は慌てて追いかけた。
 「おい、待ってくれよ!」
 彼もその隙間に入り込む。もともと筋肉はそこそこについてはいても、太いタイプではない為に、身体を少し捻ればすぐに隙間に入り込めた。鉄板の奥にはまたも絡まりあったコードと廃材が放置され、積み上げられている。そこに隙間ができている状態なのか、とにかくその先に光の漏れる場所があり、どうも白梟はそれを目指しているらしかった。
 「なあ、待ってくれって!」
 呼びながら廃材を押し退けコードを千切りながら、必死に後を追う。白梟の方が幾らかスピ−ドが早く…とはいえ、普通 の鳥と呼ばれる生き物の基準からすれば相当遅い速度ではあるが…その漏れていた光に飛び込んで行く。
 彼も急ぎ追って、光に手を伸ばした。

 「!」
 そこは中空であった。ずっと先まで続く真っ青な空と、所々に山と積まれた廃材、そして砂漠と砂岩の山。建物らしき物が点在しているが、どれもガラスが割れ、人の気配は微塵もしなかった。手を出した場所は、どうも何か塔のような状態になっているのか、眼下には長く続くコードの海、遠い地面 には鉄板が打ち付けられ、鉄板が終った場所から先は砂漠の始まりらしかった。
 彼はその様子を見て、ぐっと息を飲む。後戻りもできそうだった。もう白梟は影も形もない。しかし、彼は何か意地になって、その隙間から慎重に、外壁に絡み付く適当なコードを探り当てた。そのコードは彼の接続端子と同じ端子を持っていて、彼が手繰り寄せて胸に刺すと、カチリ、と嵌まる。そのコードを引っ張り、切れたり抜けたりはしそうにないことを確認すると、彼は床の終わり、コードの絡む壁に足を掛けた。
 「よっ!」
 軽い気合いと共に、彼はそこから身を投げた。ひゅっ、と鋭い音がする。そして次にはびぃいん、と何か弾力のある堅めの物を引っ張って突っ張らせた音がした。コードが彼を支え、彼はどうにか仰向けの状態で中に浮いていた。彼は今度は平泳ぎをする様に空を掻いて、壁面 を掴む。
 「…し、死ななくてよかったぁ…」
 安堵するものの、自分の軽率な行動に後悔したのか、こめかみを押さえる。その彼の回りに、コードが鎌首をもたげた。
 「な、なんだぁ?」
 怪訝そうな彼の胸に、そのコード達が刺さって行く。初めの一本は抜け、他の複数のコードが絡み合いながら彼の胸に繋がる。
 「助けてくれんの?さんきゅ」
 そのコードの一本を撫でると、彼の思考回路に一つの言葉が浮かんだ。
 「エレクトロ・チューンド…?エレクトロ…」
 眉間に皺を寄せる。ガリガリガリガリ、と彼の回路が悲鳴を上げた。それでも思考を停止しない。コードの数本が、彼の首の後の端子へと伸びた。カチン、カチン、と何本も細いコ−ドが刺さって行く。その間中、彼は思考を続けた。
 無数の暗号化された情報が流れ込む。その中で、彼が解けた物を、口にする。
 「俺の…俺の名前だ。エレクトロ・チューンド。なんで忘れてたんだ?…っていうか、なんで俺、忘れたんだ?…俺、機械なのに」
 細いコード達はそれ以上は何も教えなかった。一本、また一本と抜けて行く。
 「…とにかく動けってこと?」
 コ−ド達は肯定も否定もしなかった。

 ロッククライミングの要領で、壁を蹴っては壁に着地するエレクトロ。その塔の下は、実は砂漠ではなく砂岩の上であると知るのは、彼がもっと下まで降りてからである。

 

to the NEXT