廃棄場のたった一つの意思を持つ存在。それが彼だった。

VCSS -5- Sicker

 毎日、というよりも、毎時間毎分毎秒、彼の手は止まらずにある。そこらにある物をまずは手当りしだいに手に取り気に入らなければ捨て良いと思えばその座る膝の上に置いて時間と共に気に食わなくなれば捨て気になれば捨てた物でも拾いあげた。そして、自分が思うに十分な材料が揃ったと思うが早いか、その入れ物足り得る外装、もしくは器、またはグラフィックスやなんかと呼ぶような外身を探す。
 今も、一つ新しい『物』が出来上がり、外へ送りだされた。きらびやかな装飾で着飾った真っ白な肌の、男とも女ともつかない、少なくとも人の形をしたプログラムである。組み立てた彼自身にも、それが何の役目を果 たすプログラムかはさっぱり分からなかったが、少なくとも形になって意思を持った様子を見せたので、そこでもう彼の心はその新しいプログラムへの関心を失っていた。

 「まるで中毒症ですねぇ」

 からかうような声が、空間に響く。暗く、瓦礫やゴミの山だけが積み上がる世界には、本来作り手の彼以外は存在し得ないはずだった。しかし、その声は確かに彼に響き、空間の空気を…もしくは空気に似たプログラムを…震えさせる。
 「…また、来たのか」
 彼はゆっくりと口を開いた。声は成熟した大人のもので、そこから年齢を判断するのは難しい。そして、暗いその空間では顔を見ることは誰にも出来なかった。
 「ええ、それくらいしかやることも無いんですよ」
 不意に、彼の目の前のモニターの形をした残骸が画面を光らせる。見れば、その画面 の中から真っ白な手が外へ伸び、パソコンのモニタほどの大きさのそこから、白い顔が覗いた。緑と赤と白に彩 られたその姿、その空間に現れる内にどこか道化師を思わせる形状だと言うのが見て取れる。しかし、その白い顔は兜に覆われ、その兜は角を模したかのような形で横に張り出した円錐が飛び出し、途中から折れたその先に鈴では無くリングをぶら下げていた。それが角であると認めさせる様に、彼の耳があるはずの場所からは白く、長い耳がついと伸びている。
 「全く…こんな陰気な所にいられる気も知れませんがね」
 道化は地に足をつけるなりパチン、と一つ指を鳴らした。

 ほんの一瞬のことだった。瓦礫の山が玩具やぬいぐるみに変わり、陰湿な空間は子供部屋を彷佛とさせる、気球と青空の掛れた壁が遠くに見え、天井らしい場所も青空が塗られ、太陽を模した電灯が部屋を照らしだしていた。
 「お前の趣味の方が分からん」
 作り手の彼がいら立ちを隠せない様子で呟く。見れば、照らされて青い髪の毛の青年が熊をディフォルメしたピンク色の椅子に座って、手元の、そこだけ不釣り合いな機械の残骸を弄んでいた。手元を見つめてはいるのだろうが、目はブルーのアイマスクが隠してしまっていて、明確にどこを見ているかは分からない。ケープの様なファーで肩と胸を覆っていて、その毛皮の色は髪の毛と同じブルーだ。そして彼の背中からは、天井に繋がる無数のコードとパイプが繋がっていた。
 「ま、私の基本プログラムなんでしょうよ」
 にんまりと、彼を見下ろして笑う道化。
 「で…名前は、見つけたのか」
 不機嫌そうにしながら、瓦礫のコードをブチンと、引きちぎる。道化の顔には相変わらず笑みだけが浮かぶ。
 「さて…私にはそもそも名前自体が無かった様でね」
 山羊髭のつもりなのだろうか、ストライプの先が丸い円錐を指で撫でる。
 「この…世界で一番最初にAIを持つ存在になった…ということで、A、と名乗ろうと思いまして」
 「それはよかったな」
 コードを指に絡め、冷たく早口に一言。道化のAは、口を引き結んでその指先を見る。コードは火花を飛ばしたまま彼の指に絡むが、何回か絡み付く内にプチ、プチンと途中から切れてしまった。それでも気にした様子も無く続けて行く。あらかたコードを巻取ってしまうと、今度はまたガラクタの割れ目に指を突っ込んでそこから外装を剥ぎ取って中身を引きずり出す。その瞬間、ほんの一瞬だけ、彼は笑った。
 「まるで中毒ですねえ」
 溜息と共に、Aはひょいと瓦礫を取り上げた。
 「返せ」
 「嫌です」
 睨み合う。Aは長身で、例え彼が立ち上がったとしても、手を上に伸ばされてしまえば届くはずが無いことは明白だった。
 彼はおもむろに手近な玩具の兵隊を拾った。
 そしてやはりその腕を引きちぎる。そこからはコードが伸び、引きちぎられた腕は緑の基盤に変化した。次々に頭、もう一方の腕、足、と千切り続ける。最後にどうも真っ二つにしてしまった。
 「…返せ」
 憎悪。憎々し気に歯を剥き出して、鼻に皺を寄せ唸る。
 「はいはい…お返ししますよ」
 ぽい、と投げられたガラクタを、彼はさも大事な物であるかの様に拾い上げた。そしてAから隠す様に後ろを向いて大事そうにその残骸を撫でたりしている。
 「決めた…貴方の名前はHolicがいいでしょう」
 白い手が伸び、子供の様に壊れた機械を撫でる彼の、短くぱさぱさと乾いた髪の毛を撫でた。
 「ホリック…単語じゃないな」
 少し俯き加減になり、撫で回すそれを見つめる。マスクの下ではどんな目をしているかは分からないが、少なくとも愛し気に撫でる手付きは本物だろうと、Aは確信していた。
 「Workaholic、alcoholic、ま、とにかく中毒症と示す時にholicという言葉をつけるんですよ」
  にまり、とAは笑う。
 「貴方はどこか中毒みたいだから」
 ホリックは鼻で笑うと、手をひらひらさせて出て行く様に指示した。
 Aは肩を竦めると、今度は足元に置かれた白いテレビの画面に吸い込まれる様に消えた。

 部屋が、また真っ暗な空間に戻る。ホリックと呼ばれた青年は、ふとその手元のガラクタを見下ろし、しばしの逡巡の後に投げ捨てた。

 そしてまたいつものループのような時間がやってくる。ホリックは手当りしだいにその辺りのガラクタや残骸、瓦礫を手に取り気に入らなければ捨て良いと思えばその座る膝の上に置いて時間と共に気に食わなくなれば捨て気になれば捨てた物でも拾いあげた。

 

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