そこに現れた敵意は全てを根こそぎ壊してやろうという悪意そのものの形をしていた。

VCSS -8- Destructive impulses

 どこかショートしたのか、とにかく酷くだるい。エレクトロは片腕をあげることもままならず、そこに立ち尽くし動かない足に体重を掛けていた。下半身と両腕がまったく動かない。元々下半身は全体的に重く造られていたお陰で熱砂に顔を突っ込まずに済んでいるのは救いだった。これで頭部の回路がショートしようものなら彼の存在自体が危うい。
 「アーミー」
 と、呼び掛けると、その左の日陰でチェック中のパソコンからちらりと視線だけを向ける。
 「頼みがあるんだけど」
 「忙しい」
 冷たいな、と灼けた砂の中受けた非常にひんやりとした一撃に困窮する。じゃあ、と、どうにか体を右に捻り、ふわりと浮いてはくるくると宙返りを繰り返すグラヴィティに呼び掛ける。
 「グラヴィティ、お願い」
 「…何」
 ふわん、とゆったりした動きですぐ傍まで飛んでくる。それも体を逆さまにしたままだ。頭に血が昇るとか、回り過ぎて気持ちが悪くなるといった生理現象はその身に起こりもしないらしい。薄ら笑いを浮かべる顔は元気な色でそこにある。
 「俺のこの、胸から出てるコードの、赤いの分かるか」
 指差すことも出来ないので見下ろすことでコレ、と伝える。グラヴィティはその隣の一本…青味がかった銀色のコードを手に取った。
 「違うよ、そのもう一つ右。 赤いのだ」
 「…」
 グラヴィティはしばし静止して、一つ右のコードと銀色のコードを見比べる。浮かぶのを辞めしゃがみ込み、じいっと興味津々に、しかし眉をしかめて両方のコードを何度も見直す。
 「…いろ」
 首を傾げ、エレクトロにコードを差し出す様にして手を上げた。
 「…分からない」
 ああ、と、エレクトロはその虹彩を眺めた。真っ赤な虹彩、それが捕らえる世界が何色かは分からないが、少なくとも目として正常に機能しているかどうかといえば、ノー、と言いたい形容だ。それが色盲であることは最早当然にすら思える。
 「じゃあ、今右手に持ってるコード、それをさ、そこの岩の陰にあるジャックと繋いでくれる?」
 グラヴィティはこくりと一つ頷き、すぐに岩の方へ跳ぶ。コードは胸からしゅるしゅると長く伸びて岩陰まで余裕があるほどになっていた。そこの砂を、反重力が吹き飛ばす。すると、岩の根元にジャックがいくつもあるのが見えた。指示されるわけでもなく、岩に開いた穴はエレクトロのコードで塞がれる。繋がった途端、パシリ、とノイズが飛んだ。
 「あー…電力不足か…」
 ゆるゆると曲がる自分の指を感じ、彼は一つ大きく溜め息をついた。この分だと充電が済むまで動く事は出来そうに無いな、と、今の一時敵が一掃されていない事に安堵する。
 しかし彼はすぐにそれを撤回する。そして自分自身の運の無さを、酷く呪いたい気分になるのだった。

 突然、大きな拳が近辺にあった岩を下から突き上げて打ち砕き、周辺に散らばる機械の残骸をも高々と飛ばした。それには冷静な顔をしていたアーミーも、興味深げにエレクトロのコードを見ていたグラヴィティも、反射的にそちらに振り返る。
 次々と周辺の岩が砕かれていく。その度に突き上げる拳は鋼鉄で覆われ日光を眩しいまでに弾き、その存在感は巨大である事で三人を圧迫した。緊張感が周囲を包む。さらに三人の危機感を高めたのは、その腕が一本ではなく、破壊される岩の数程存在している事だった。
 「あーあー、派手にやってくれたよなぁ」
 更に唐突に少年の声。その声はすぐ傍の砂の中からだった。
 「誰!」
 グラヴィティがさして遠くない場所の砂を一気に吹き飛ばす、と、同時にその砂の中に巨大な人影がずいと現れた。その人影は甲冑を纏った騎士のごとき頭部を持つ巨大なロボット。ずず、と砂が鳴って、胸部までが露になると、胸部部分のパーツが上にずれて開き、中から少年が飛び出した。すたん、と流れた砂の上に降り立つ。赤い、メタリックな輝きの鍔を持つキャップの下、黒髪の間から三白眼が悪戯に三人を見据える。真っ赤なノ−スリ−ブベストには黄色く大きなバツが描かれ、そこから出る腕は細い。包帯に覆われた腕の先はモスグリーンのズボンのポケットの中へ納まっていた。ズボンはボロボロに裾が切れているし、その足は包帯以外は何も無い裸足で、どことなく、アーミーに似ている、とエレクトロは一人その姿を見つめる。既にグラヴィティの周囲の重圧が変化し、アーミーはサブマシンガンを構え、臨戦体勢の中、エレクトロだけは身構える事もままならず、ただ少年を見る。
 「俺? 俺はギガデリック。 お前らの処分を仰せつかったんだよ」
 陰る目元が既に攻撃の準備にかかるグラヴィティを睨み、口元は卑屈に笑みを浮かべた。歪む口元に浮かぶ敵意はグラヴィティの重圧を高め、すぐさま上空からの重力を総べて叩き付けるかのごとくギガデリックと名乗る少年にぶつける。
 しかしその足元の砂が抉れるだけに終った。
 「はは、すっげ単純な攻撃な」
 まるで当たり前のように先ほどのロボットの胸部ハッチの中へ納まる。その中から奇妙な目玉 の形をした機械が六つ、外を見ていた。その中央には操作の為のレバーの一つもない、椅子が一つ。すとんとそこに納まるなり、ハッチが閉まった。
 「さっさと終らせてやるぜ」
 ずるり、と、砂の中から胸部が引き上がる。その下、腹部、腰部、脚部の全てが露出する。その時、アーミーの冷徹に凍った顔ですら引きつった。
 その全長たるや見上げればエレクトロが降りて来た塔よりも大きいのではないだろうか。その肩の部分が、絶望感という空気を醸し出す。
 周辺から生えた腕は全て砂に埋まるが、その先はこの巨大ロボットの肩に繋がっていた。拳一つが普通 乗用車程度なら簡単に潰してしまいそうな大きさだ。その拳が、複数にも及ぶ。そしてそのアーム。リーチが長く、柔らかな関節は一体何メ−トル先までその拳を届けてしまうのだろうか。既に退却を始めたグラヴィティのスピードに追いつくだろうことは明白だった。
 「俺のセンジュから逃げられると思うなよ!」
 一度に拳が振り上がり、内ニ本の腕が、まるで彼らの死を悼む様に胸部ハッチ前で合わさる。そして拳が降り注ごうというその時だった。
 「残念ですね、彼らは私が回収します」
 その光景を前に、面白がっているとしか思えない、含みのある声が場を制した。
 するり、とエレクトロの目の前、砂の中のハッチからまるで空間法則を無視して大きな赤と白の角が現れ、そう思った次の瞬間には緑色の道化衣装に身を包んだ背の高い男がそこに佇んでいた。
 「貴方方の思い通りになどさせませんよ」
 にやり、と大きく横に広がって笑う口が吊り上がり、パチン、と指をロボットの方へ掲げて鳴らす。途端、ぐるり、と空間が歪んだ。
 「なっ!?」
 声を上げたのが誰かも分からない。天地が回転し、左右も上下も前後も入り交じり、空間は意味をなさない漆黒が覆い尽くす。その混乱の中、視界にひっかかったギガデリックが上の方へと引き上がっているのを感じたエレクトロだったが、すぐに足元のアーミーが下へ下へ落下するのを見て、ああ、と溜め息を吐くのだった。
 今日はよく降りる日だな、と。

 

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