なんで俺達がいるのか…
どうしてボク達がいるのか。
I was born, He is not. [gigadelic&GENOCIDE]
「…あー…?」
目が醒めて、まず、驚いた。俺は肉体年齢が二十歳を越えた頃にある手順の元に解放されるというプログラムが組まれていたはずだった。そういう記憶がある。だのに、俺は今どう考えても十五かそこらの子供の姿で培養液から不様に転げ落ちた所で記憶を…そう、呼ばれると思うものを…脳内で再生している。目の前にある鉄板張りの箱に映る裸身に、半ば絶望に近い感情を備え、見入っている。一体どういう事だろうかと、筋肉が働こうとしないのでそのままの格好で翳む眼球を酷使し、周辺を見回した。
画面は煌々と光るパーソナルコンピューター。だがそのコンパネやら装甲の継ぎ目には苔が蒸し、小さな菌植物が繁殖しているのが見受けられる。人の気配が、絶えて久しい。電話や通 信機の類いは既に電源のコードが腐り落ちていたし、出入り口のはずの扉は蔓がへばりついていた。その上照明もついていない…多分、つけっぱなしで何年も経過して、切れてるんだろう。よくよく床を眺めるとパソコンの画面 の光にキラキラと小さく光るガラスの破片らしき物も見える。風化して割れたか。
…そんなに長い時間経ったのに、俺はまだ子供のまま。十分な大人の知識を持った子供だ。どうして、と、思う。考えている内にほぐれ、どうにか動き出した腕の筋肉で無理矢理に体を起こし、隣にある培養液で満たされた円柱の"Mother"を眺める。中には俺の兄弟がまだすやすや眠ってる。だけど、俺はすぐにその異変に気付いた。培養育成率の値が0.1%に満ちていなかったんだ。どうりで俺がガキのまんまだ、これじゃあ俺の兄弟も何時まで経ったって大人になれない。
俺は意識を腕に集中させ、必死こいて体を持ち上げた。そして、俺の"Mother"に繋がれていた電源を引き抜いて、兄弟の眠る"Mother"のジャックに繋ぐ。これで電力供給は少しだけ間に合うはずだ。そのまま下がりそうな腕をどうにか兄弟の"Mother"のコンパネまで運び、培養育成率を手動で上げられるだけ上げる。電力の不足が、"Mother"の動作に制限を掛けていた。上がっても7%丁度。この兄弟が生まれるまでに、一体どれだけの時間が掛かるか想像もつかない。100%で人間と同じだけ成長するということは、人間の100分の7の成長…365日で人間が成長する所を、約52倍の時間掛けて成長する。…二十歳過ぎになるまで、あと五年、つまり260年掛けて…馬鹿らしい、その前に培養液が底を突いちまう。
「ああ、クソッ…」
悪態を吐いても変わりもしない現状に、また畜生、と悪態だけが漏れた。何時の間にかほんの少しの睡眠に入っていたらしい。気付けば床にべったりと貼り付いてる。しかしその睡眠の間に体は脳の伝達する神経を受け入れ、幾分か動ける様になっていた。ゆっくり、まずは仰向けになり、ゆっくり肘をつき上半身を起こして、膝を立てた。座れた。それが出来ただけで大分気分は違う。もしかしたら俺の筋組織は壊死しているんじゃないかとも疑ったが、これだけ動けば上出来だ。今度はデスクに手を伸ばし、時間を掛けて足を立たせる。膝がゆるゆると伸びて、やがてちゃんと立ち上がる事が出来た。今度は体重移動だ。重心定まらない体ほど不自由なものは無い。軽く足を横に開き、体を安定して支えられる準備をしてから、今度はデスクから片手を離す。なるべく上半身を持ち上げて、もう片手も。そうしてどうにか、体を支えることに成功した。今度は歩かなきゃならない。右、左と、純に動きを確認して、まず、膝を曲げ、腿を上げて足全体を持ち上げ、一歩先へ足を置き、そこへ体重を掛ける。なんとか体重を支えきり、左足も…と、慌てたのが不味かった。バランスを崩し、左へ転んでデスクにかじり付く。なんとか転んで膝をつく事は免れたが、歩く事も出来ないって事実が、俺の行く先をひたすら暗く暗くしていく。だが、眠る兄弟の為に、こんな所では転んでいられない。すぐに、もう一度歩く為に、体勢を建て直した。
あれから何時間したんだろうか、ようやく歩くことが叶い、なんとか部屋中を物色することに成功している。室内は監視装置と記録装置の役割を果 たす大型のコントロールパネルと、その目の前に俺と俺の兄弟の"Mother"が置かれ、記録の一部は鉄板を打ち付けただけで壁に乱立されたロッカーの中に納められていた。ロッカーの中にあった、無菌ではないにしろ無事な衣服に手を通 す。…殆どが虫食いや腐食によって着られる状態じゃなくなっていたが、プラスチックの容器に納められていた白衣の上下だけが無事に置かれていた。やたらサイズの大きなそれを着て、袖と裾を捲り上げることでどうにか身体を生身のまま晒さずにおき、次は扉を破る。全面 錆だらけの扉は当然脆く、蹴りの一撃で留め金が外れてくれた。非力な体じゃどうしても蹴り『飛ばす』ことは出来ず、留め金が外れたのを取っ掛かりに、体当たりで扉をぶっ倒す。
外も、当然じめじめした廊下があるだけだ。だが廊下があるということは同時に他への道があることを示している。俺は『記憶』の地図を頼りに、ジェネレータールームへ向う。壁に手を着けながら、足取りも定まらないような状態だが、動けないわけじゃない。とにかく、一刻も早く兄弟をちゃんとした形で出してやりたかった。…むしろ、俺が、何か酷く突き動かされる感情に捕われている。いつまでもいつまでも胸の辺りに溜まり続けるそれに、半ば強要されてジェネーレータールームを発見した。走れないもどかしさに臍を噛みながらどうにか動力制御パネルに目を通 す。
メイン発電機は健在、サブの点在する発電機もほとんど無事ではある。多少電力の供給率が落ちているのはこの建造物全体の状況からすれば仕方が無いのだろう。ついでに電力供給用のコードが切れたのが、成長率の低下の原因だ。無駄 な電力を全てシャットアウト、必要な食糧保管庫や管理用のネット、その他の必要電力を残し、あとを全て"Mother"系列に集中させた。俺と俺の兄弟だけじゃない"Mother"も、一緒に残しておく。他に兄弟がいるなら、殺したくない。
周辺を探り、"Mother"に使うのと同じケーブルと溶接用のこてなんかはを見つけることは出来た。あとは敗戦の破損箇所を探し出し、俺の兄弟の"Mother"が接続されているケーブルを溶接して正常に戻すだけだ。そうしたら培養成長率を上げてやらないと。意外にも切れていたのは"Mother"の設置された部屋の中、天井に程近い壁の所だった。椅子に乗って背伸びする苦労はあったものの、簡単にケーブルを復旧させる事は出来、俺は安心して溜め息を一つ。未だ眠る兄弟に目をやり、その黒髪を見て、早く会えるといい、と独り言で呟いた。
椅子から降り、コンパネを見る。電力の増加によって稼動制限が外れ、あとは自由に培養成長率やその他の項目を調整できるのを確認し、俺は他の項目はそのままに、成長率を100%まで上げた。これであと五年…
そう思って、俺は何故か酷く途方にくれた。五年。未だ体感した事も無い時間。俺はどうすればいい?何も。というだけの、簡単な結論は、俺の心から何かを奪う。俺には分からない事だらけだ。どうすればいいのかも、何をすればいいのかも、何を感じているのかも、どうしたいのかも。魔が差したのかもしれない。
俺は培養成長率を一気に1000%、限界まで引き上げる。これで兄弟はあと六ヶ月で肉体年齢二十歳を超え、外に出る事ができるわけだ。そう思ったら少しだけ安心した。どうして安心したのかなんてもうどうでも良かった。これであと六ヶ月。まだ我慢出来そうな気がする。何を我慢するのかなんてのはもう、本当にどうでも良くなって…俺はそのまま、"Mother"に寄りかかる様にして、迫り寄っていた睡魔に身を委ねていた。
I was born, He is not.
to the N.E.X.T.2005/03/29
ギガジェノ一本目。
兄弟ネタですいません。