弟のような君を。

Have white and Calling name. [gigadelic&GENOCIDE]

 

 失血死は免れた。というのも、再生能力はそこそこ高かったらしく、なんどか傷口が塞がりつつあるお陰でそれ以上の出血は無く、その上顔色も良くなりつつあるからだ。生きる、これから生きていける、でも、その弟のような兄弟の、痛覚を始めとした多くの感覚を奪ったのは俺だ。馬鹿らしい話だ、独りが嫌で必死になった挙げ句、このザマだ。自分の弟をマトモに外に出してやれなかった。

 その俺にできる事は、まずは身体測定だった。綺麗に掃除しておいた鉄板の上にどうにか引き摺りながら乗せて、硝子は全部取り除く。そうしてからまずは顔を覗き込んだ。
 眠る目の瞼を少し捲ると、薄紅色の虹彩が見える。…さっきのは、"Mother"の滅菌光の青さが紫色に見せていたんだろう、今は綺麗な血液色が少しだけ覗いていた。早い話が、俺が成長を早めた事によって細胞という細胞のメラニンが抜け落ちて、アルビノ化しちまってるんだ。となれば紫外線は大敵、眼球に負担が大きいし、皮膚も弱いから皮膚癌になりやすい。…まあ、それ以外に病弱とかそういうことはないはずだからいいけど…でも俺が、日光…に、当たる機会があればだけど、それを奪った事には変わり無い。俺は大事にしようと決めた兄弟からいきなり大事なものを奪い取った…そういうことに代わりは無いんだ。
 白い皮膚、所々動脈色と静脈色に透けてるけど、でも、ちゃんと成人した男の、まあ、運動しないで成長しているから多少はなよいけど、大きな体つき。十分な機能を備えてるかどうか、内臓までは判らないけど、きっと大丈夫だ、と、半ば自分に言い訳した。
 次に起きる時までに、きっちり身体を覆う服を探さなきゃ。寝息を背に聞いて、クリーニングルームへと、嬉し過ぎて猛ダッシュで駆けていった。

 

 それから三日程で、兄弟は意識を取り戻した。真っ白な防護服に包まれた身体は動かなそうだが、首はゆっくり俺に向く。薄紅の目が開いて、俺をゆっくりと、眺めた。
 「…おは、よ」
 切れ切れの声は、俺が半ば無理矢理水を飲ませていたお陰で掠れていなかった。バリトン、てのはきっとこういう声なんだろうな。ぼそぼそ喋ってるのか、そもそもそういう喋りをする様に刷り込まれてるのか…。
 「…おはよう」
 答えると微かに笑った。
 「のど、かわいた…」
 ごそごそと喉を探るような声。俺の兄弟の声。…聴けただけでも、幸せなのかもしれない。
 「ああ、すぐにやるよ」
 ミネラルウォーターのペットボトルを新たに一本開けて、口にゆっくり注いでやる。その唇も皮膚の白さでピンク色をしていて、歯も真っ白だ。嚥下して動く喉仏も白くて、頼りなく見えた。
 俺が守ってやンなきゃいけないんだな。

 

 …少し、時間が長く経った。忙しくて、どうする暇も無くて、ただ毎日俺は兄弟の成長を助ける事しか出来なかった。
 俺の兄弟は最初、言葉は話せても欲求を伝える事しか出来ず、話す言葉は大概、「のどかわいた」「おなかすいた」「そばにいて」という三つの二単語ことばだった。俺を認識はしているけど…半ば、鳥のような状態と言っても過言じゃない。刷り込みで覚えた親に、成長に伴う消費を補うだけだった。それが、一週間も経つと「いっしょにいきたい」が加わって、まだゆっくりとしか歩けない兄弟を連れて施設の中を歩き回る事も始まった。ゆっくりだし、途中で踞っちまうこともあったけど、それでも根気良く一緒に歩いていけば、多分、俺よりも早く、走れる程に成長した。時計の進行が一月くらい経つ頃にはどこへでも付いて来て「あれはなに」「これはなに」と質問をするようになってきた。…半ば、俺は父親気分だ。でも、少しずつだけど認識の高まる兄弟の様子は見ていて楽しいものだった。今度は急がせない、そう決めながら、見守っている。それが今俺に出来る最良の事だろうと、そう思ったら、なんだか俺の心臓は酷く重たくなったような気がした。

 

 ある時、ふと、互いに名前が無くて困った。食糧を取りに行こうとして、先に兄弟が走って行ってしまったのを呼び止めようとして、その示すものがないことに、ばったりと出くわしたんだ。今までいつもべったりだったから必要無かったのかもしれない。けど、個を判別 するものが無ければ呼ぶ事も出来ないんだ。
 俺は足を進めながらどうするか、と脳みそをフル回転でなんて名前にするか必死に考えた。どうしよう、なんて名前がいいだろう。

 「…なぁ」
 食糧保存庫でいつも色とりどりの保存食のパッケージを眺める兄弟に、声を掛ける。
 「俺をなんて呼びたい?」
  ぺったり硝子に貼り付いていた手を放し、くるり、と俺の方に振り向く。
 「…うーん」
 首を思い切り傾げて悩む。実際考えてるかどうかはちょっとわかんねえけど。真っ白い姿がますますその思考やなんかを奥に追いやる所為で、こうして黙っている時にどう思っているかは分かりにくかった。目も伏せてしまえば睫 毛の奥、只でさえ薄い色が消えて、髪の毛の白さと皮膚の白さは冷蔵庫特有の暗さがぼうっと光を纏わせてるように目立つ。
 その色のない爪で頬を少し掻いて、にこり、と口の端が持ち上がった。
 「ギガデリック」
 口にしてから自分で満足そうに頷き、もう一度、その名前らしきものを口にする。
 「…そりゃ俺の帽子のコレか?」
 思い当たり帽子の鍔を触れば、うん、と無邪気に頷いた。…名札とでも思ったんだろうか。けれど、悪い気はしなかった。
 「じゃあ、俺はギガデリックだ」
 自分を人差し指で指し示す。しかし奇妙なモンだな。ギガデリックなんて単語は世界中どこを探してもありはしない。ただ大きさを表す単位 「giga」と、 頭文字だけなら「delic」 はデリケイトのデリック…つまりはデリックが存在しない単語なんだ…けど、俺はどうしてもPsychedelic…サイケデリック、幻覚を起こす、妄想を起こす、そういう言葉を思い浮かべて、gigaもgigantic…巨大さを、思わせる。上手くは言えない。けれど、巨大な何かを引き起こす、抽象的な意味を感じ取った。
 それから俺は少しだけ、また考え込む。そして馬鹿馬鹿しいな、と思いながら、頭文字を揃える事にした。なるべく俺と同じで退廃的な意味を持っていそうな、世界中で一人しかいない、そういう名前…そして思い浮かんだたんごを、首を傾げて待っていた兄弟を指差して、口にした。
 「それで、お前が、ジェノサイド」
 その言葉の意味に気付かなかったんだろうか、うん、と頷いて、俺はジェノサイド、と繰り返した。もし普通 の感性があればこんな名前は不名誉とでも思うのかもしれない。大量虐殺をその名に持ち、俺の兄弟はあどけなく笑う。白い顔が純粋さをそのまま形にしてる、忌むべき名前を得て。俺はどこまで罪を重ねるんだろうな…それでも、俺のものだと、俺が護り通 すものだと思えるから、俺はずっと、こうして罪を犯し続けるんだろう。誰にも渡しはしない。俺だけが、ずっと守る。だから俺だけがつける名前を持ってほしかった。それすら罪でも。
 「ギガ、はやくごはん!」
 待切れず足をばたつかせる。
 「ああ、すぐすぐ、そんな暴れんなよ」
 ごはんごはん、と俺の近くをちょろちょろと大きな身体に似合わず走り回って、ああ、元気だなもう。俺が悩んでるのが馬鹿らしいじゃねえか!
 「ジェノ」
 捕まえる様に高い頭をぽん、と撫でると、きょとん、と動きを止めて俺の横に静かに立ち止まる。
 「今日、俺らの誕生日だから祝おうな」

 ようやく存在を得た俺達だから、今日が誕生日でいいと思うんだ。
 だから、ささやかだけど、脱脂粉乳を溶かして乾パンの缶詰めに入っていた氷砂糖を加えてもっと溶かして、そこに乾パンを浸して少しだけ甘くした。俺とジェノの、ちいさなバースデーケーキ。データに残ってたケーキみたいに低く積んで、一本だけ蝋燭を真ん中に灯す。
 「誕生日おめでとう、ジェノ」
 「たんじょうびおめでとう、ギガ」
 いつもの食事の後に、少しだけ贅沢をして、いつもみたいに二人で寄り添いながら、"Mother"の傍で眠った。

 

 その晩、俺は夢を見た。夢を見たのは初めてだったから、酷く鮮明に脳に焼き付く。誰かが、俺に話し掛けてる夢だった。光の様な…何かが。
 「やっと話し掛けられた。 名前の概念に気付いたのね、嬉しいわ。 私は貴方達を待っている。 ゆっくりでいいの、でもいつか必ず探し出して、渡したいものがあるの…」
 ああ、多分、女の声だったんだな、と薄く開いた視界と翳んだ意識で思う。優しい声だった。若い感じ、だけど深い感じ、それで、俺が心地よくなる声。もう一度眠ればまた聞こえるかとも思ったが、結局、二度は聞く事が出来なかった。

 

 

Have white and Calling name.
to the N.E.X.T.

2005/06/20
ギガジェノ三話目。
アルビノネタはアーミーとどっちでやろうかすっごい悩んだ。
結局こっちになった。不幸な展開続き。(主にギガに)